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第6章 家族になろう

第35話 僕はいつだって(ユベール視点)

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 それからどのくらい経っただろうか。リゼットは泣き疲れて眠ってしまった。サビーナさんの腕の中で。

 羨ましくない、と言えば噓になる。
 だって、その感情を引き出したのは、僕じゃないから。リゼットの一番欲しい言葉を与えられることができるのだって、僕にはできないことだから。

 いつだってそれは、サビーナさんであり、僕を通して見ているお祖父様の影。
 どんなに頑張っても、埋めようのない時間がそこには存在する。リゼットと過ごした時間は、誰よりも短いからこそ、堪らなく悔しかった。この覆すことのできない事実に。

「ユベールくん」

 それを見透かされたのか、サビーナさんが僕を呼ぶ。そっと近づくと、涙で頬を濡らしたリゼットの顔が見えた。

 思う存分、溜め込んでいた感情を吐き出して、スッキリした表情のリゼット。初めて見た時も、人間に戻った時も、今のような眠った姿だった。

 僕が一番、好きな顔。

 起きている時は、いつも何処か不安そうな顔をしているから、穏やかな寝顔を見ると安心できた。
 夜中、ふと目が覚めて、傍にいることを確認してしまうのもまた、それが理由だった。

 だけど今は、手を伸ばすことができない。リゼットはサビーナさんの養女。ここで無理やりリゼットを奪ったら、サビーナさんはどう思うだろうか。
 もうリゼットを、預けてもらえなくなる可能性だって否定できない。そうなったら僕は……。

「安心して、ユベールくんからリゼットを取り上げる気はないの」
「え? 僕はまだ何も……」
「ふふふっ。言わなくても分かるわ。大事なものを取られるのが怖いって顔に書いてあるもの」

 思わず右手で顔を隠した。

「だから、リゼットをベッドに運んでくれないかしら。私はフロントに行ってくるから」
「構いませんが、まだ何か用事が残っているんですか?」
「あら、察しがいいわね。本当は今後のことを話し合いたかったんだけど、リゼットが寝てしまったから、もう一泊、延長する手続きをしに行こうと思っていたのよ」
「因みに、その今後についてサビーナさんの意見を聞いてもいいですか?」

 もしもリゼットを連れて行く気なら、僕も考えを改める必要がある。この街を出ていくか、どうかも含めて。

「それはユベールくん次第ね」
「え?」
「ふふふっ。だってそうでしょう。リゼットを連れて行きたくても、ユベールくんが嫌だと言ったら、無理だと思うのよ」
「そうでしょうか」

 正直に言って、自信がない。けれど、引き止められる自信はある。
 リゼットは優しいから、聞いてくれるかもしれない。僕が一人は嫌だと言ったから、傍にいてくれたんだ。約束だって。リゼットも一人は嫌だからって。

 でも今のリゼットは一人じゃない。サビーナさんという家族を手に入れた。それじゃ、僕は?

「サビーナさんが僕も引き取ってくれるのなら、いいですけど」
「それはダメ」
「何でですか?」
「リゼットをエルランジュ姓にしたくないの。この名字は長く使っているけれど、結局は偽名だからね。リゼットも含めて、ユベールくんにも使ってほしくはないのよ。それにリゼットにはマニフィカの姓が相応しい」
「お祖父様と添い遂げなかったからですか?」

 あまりリゼットに、過去を押し付けないでほしい。

「あるべき形に戻すだけよ」
「どういう意味ですか?」
「魔女は誰かの人生に、長く介入してはいけないの。永久の時を生きる魔女にとっては。でも今回の件は、私が招いたことでもあるからね。元に戻すために、特別にしているだけなのよ」

 そうだった。時々、忘れてしまうけれど、サビーナさんは魔女だった。
 だからさっき、シビルの火傷をリゼットに治させたんだ。何で先に治してやらないのか、不思議に思っていたけど。シビルの性格が原因ではなかったのか。

「さぁ、早くリゼットをベッドに運んで頂戴。結構、この体勢も辛いんだから」
「あっ、そうですね。失礼します」

 僕はサビーナさんからリゼットを引き離し、横抱きにする。人形では味わえない重みと温もり。そして、仄かに漂う匂い。

 このまま椅子に座ってしまいたかったけれど、それではリゼットが安らかに眠れない。渋々、その椅子を素通りして、ベッドに横たわらせた。
 途端、ガチャっとドアの音がして振り向く。すると、そこにはもうサビーナさんの姿はなかった。

「気を遣ってもらえたのか、もしくは……」

 フロントへ行く以外にも、用事があったのかもしれない。シビルが無事に、憲兵に連れて行かれたのか、など。

 本人は安易に犯行を行ったが、放火は重罪だ。資産を奪い、命さえも奪い兼ねない。最も恐ろしい罪。その危険性も分からないなんてな。
 だから、亡くなった両親を軽視するのか。自分が命を落としかけても尚、それが分からないとは……。

「リゼットはどうなんだろう」

 お祖父様に婚約を破棄された直後、死を願ったという。

「もう、そんな考えはないよね。約束したんだから」

 一人にしないって。

「だから、リゼットがどんな選択をしても、僕はついて行くよ」

 家族になりたいんだから。僕を除け者にしないで。

「リゼット……」
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