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第5章 戸惑い
第31話 彼女は悲劇のヒロイン!?
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ラシンナ商会の一人娘、シビル・ラシンナ。
ユベールがお世話になっている商店街の元締めであり、且つこの街でも指折りの有力家。それがラシンナ商会だった。
シビルはそんな大店の一人娘であるため、本来ならば跡取り娘として、将来はラシンナ商会を率いていく存在、になるはずだった……。
けれどようやく生まれた子どもだっただけに、甘やかすだけ甘やかしてしまい……結果、頭を抱える存在に……成り果ててしまった、というわけである。
両親は、いずれは優秀な商人を婿に迎えれば、と思い好きにさせていたんだろうけれど……。
「来たわね、卑怯者!」
最低限のマナーや礼儀は、学ばせなかったのかしら。
サビーナ先生、ユベールと部屋に入っていく中、私を見た途端、シビルが叫んだ。
姿を見られた記憶はないんだけど、これも人間に戻った時の影響なのだろうか。記憶の誤差に戸惑ってしまった。
すると、私がそれに怯えたと思ったのか、さらに言い放つシビル。
「私の邪魔をして、私をこんな目に遭わせて、いい気味だと思っているんでしょう!」
は?
「ユベールも、そんな女がいるのに、私に気がある振りをして……酷いわ」
へ?
「僕がいつ、気のある振りをしたんだよ。それにさっきと言っていることが違うぞ。確か……」
「ユベールくんに脅迫されていたから、やめてほしいと説得しに家まで行った、とシビルは言っていたんだよ」
「お父様っ! 酷いわ! 私がこんな目に遭ったのに、ユベールを庇うなんて。そうでしょう、お母様」
隣に座る年配の女性に向かって、縋るように泣くシビル。
顔の半分を赤毛で隠しているため、本当に泣いているのか、定かではなかった。が、今はそれが問題ではない。虚偽の発言が問題だった。
幸いにも、誰もそれを真に受けていないからいいものの……。下手をしたら、こちらが悪者扱いされてしまい兼ねない状況だった。
う~ん。何と言うか、あまりにも強烈過ぎて返す言葉が浮かばない。最初の怒声は、昔を思い出して、条件反射で体が反応してしまったけれど。その後の言動が……凄すぎて……。
「でもね、貴女が灯油を用意して、と従業員に命令したのを複数の人たちが聞いているのよ。説得するのに、灯油は必要ある? ないでしょう。あと、その女の子がユベールくんの家にいることを知っていて、説得しに家まで行くというのがね。それなら、ユベールくんを呼び出す方が賢明だと、お母様は思うのだけれど」
シビルの背中を優しく摩りながら、諭す女将さん。その口調からも、シビルへの深い愛情が感じ取られた。けれど、当の本人には伝わらなかったらしい。
女将さんを突き飛ばしたのだ。よく見ると、その手はただれていて痛々しい。だからこそ、どこからそんな力が出てくるのか、疑問に思ってしまった。
「信じられない! 私がこんなにも辛い想いをしているのに、酷いわ! 味方になってくれない。この部屋だって、ホテルで一番いい部屋じゃないなんて、お父様もお母様も、私が醜くなったから、冷たくなったんでしょう。使い物にならなくなったって。いらなくなったって、そう思っているんでしょう!」
「誰もそんなことは言っていない」
「それじゃ、どうしてユベールとその女を庇うの。私は被害者なのよ!」
私はさっき、女将さんの口から、状況証拠とも取れる発言を聞いたんだけど、それでも認めないの?
「被害者なら、何故、ユベールくんの家にいたの? それも外に」
痺れを切らしたサビーナ先生が、一人ソファーに座るシビルに近寄る。
「説得にしに行ったと言うのなら、家の中にいるべきではないのかしら」
「それは……あの女がいたから」
「これはあくまで仮に、ユベールくんから脅迫を受けているのが事実だという前提で言うけれど。貴女のような性格なら、それを秘密にしたがるものじゃないかしら。違う?」
確かに、プライドが高そうに見えるから、そんな汚点は知られたくないはず。そもそも私の存在を、シビルが知っていたとは思えない。
私がユベールに拾われてから、三カ月。サビーナ先生以外は誰も、訪ねては来なかった。家の近くに来ていた可能性も否定できないけれど、私は人形の姿だったし……。
そう考え込んでいると、突然シビルに指を差された。
「あんたが全て悪いんじゃない!」
「え?」
「今は人間の姿をしているけど、元々は人形だったじゃない。気持ち悪いのよ!」
「シビル!」
今にも掴みかかろうとするユベールを、私は止めた。だって、事情を知らないシビルからしたら、気持ち悪く感じるのは当然だと思ったからだ。
人間の振りをしている人形……そう認識している立場からすれば。
けれど、どう言えば通じる? 本当のことを言えば、ますます私の立場は……ううん。ユベールの立場も悪くなってしまう。
下手したら、もうこの街にはいられなくなる……!
折角ユベールが、頑張って築き上げていたものを、私の手で壊すことになるのだ。
そんなことはしたくない。私さえ我慢すれば、きっとここは穏便に済ませてくれるだろう。
私が謝りさえすれば……たったそれだけでシビルの怒りが収まるのなら……!
「不快な想いを――……」
「リゼット。大丈夫。ここは私に任せて。貴女は私の大事な弟子であり、養女なのだから。今度こそ、貴女を守らせてほしいの」
「サビーナ先生?」
とても心強い言葉だけど、養女ってどういうことですか?
ユベールがお世話になっている商店街の元締めであり、且つこの街でも指折りの有力家。それがラシンナ商会だった。
シビルはそんな大店の一人娘であるため、本来ならば跡取り娘として、将来はラシンナ商会を率いていく存在、になるはずだった……。
けれどようやく生まれた子どもだっただけに、甘やかすだけ甘やかしてしまい……結果、頭を抱える存在に……成り果ててしまった、というわけである。
両親は、いずれは優秀な商人を婿に迎えれば、と思い好きにさせていたんだろうけれど……。
「来たわね、卑怯者!」
最低限のマナーや礼儀は、学ばせなかったのかしら。
サビーナ先生、ユベールと部屋に入っていく中、私を見た途端、シビルが叫んだ。
姿を見られた記憶はないんだけど、これも人間に戻った時の影響なのだろうか。記憶の誤差に戸惑ってしまった。
すると、私がそれに怯えたと思ったのか、さらに言い放つシビル。
「私の邪魔をして、私をこんな目に遭わせて、いい気味だと思っているんでしょう!」
は?
「ユベールも、そんな女がいるのに、私に気がある振りをして……酷いわ」
へ?
「僕がいつ、気のある振りをしたんだよ。それにさっきと言っていることが違うぞ。確か……」
「ユベールくんに脅迫されていたから、やめてほしいと説得しに家まで行った、とシビルは言っていたんだよ」
「お父様っ! 酷いわ! 私がこんな目に遭ったのに、ユベールを庇うなんて。そうでしょう、お母様」
隣に座る年配の女性に向かって、縋るように泣くシビル。
顔の半分を赤毛で隠しているため、本当に泣いているのか、定かではなかった。が、今はそれが問題ではない。虚偽の発言が問題だった。
幸いにも、誰もそれを真に受けていないからいいものの……。下手をしたら、こちらが悪者扱いされてしまい兼ねない状況だった。
う~ん。何と言うか、あまりにも強烈過ぎて返す言葉が浮かばない。最初の怒声は、昔を思い出して、条件反射で体が反応してしまったけれど。その後の言動が……凄すぎて……。
「でもね、貴女が灯油を用意して、と従業員に命令したのを複数の人たちが聞いているのよ。説得するのに、灯油は必要ある? ないでしょう。あと、その女の子がユベールくんの家にいることを知っていて、説得しに家まで行くというのがね。それなら、ユベールくんを呼び出す方が賢明だと、お母様は思うのだけれど」
シビルの背中を優しく摩りながら、諭す女将さん。その口調からも、シビルへの深い愛情が感じ取られた。けれど、当の本人には伝わらなかったらしい。
女将さんを突き飛ばしたのだ。よく見ると、その手はただれていて痛々しい。だからこそ、どこからそんな力が出てくるのか、疑問に思ってしまった。
「信じられない! 私がこんなにも辛い想いをしているのに、酷いわ! 味方になってくれない。この部屋だって、ホテルで一番いい部屋じゃないなんて、お父様もお母様も、私が醜くなったから、冷たくなったんでしょう。使い物にならなくなったって。いらなくなったって、そう思っているんでしょう!」
「誰もそんなことは言っていない」
「それじゃ、どうしてユベールとその女を庇うの。私は被害者なのよ!」
私はさっき、女将さんの口から、状況証拠とも取れる発言を聞いたんだけど、それでも認めないの?
「被害者なら、何故、ユベールくんの家にいたの? それも外に」
痺れを切らしたサビーナ先生が、一人ソファーに座るシビルに近寄る。
「説得にしに行ったと言うのなら、家の中にいるべきではないのかしら」
「それは……あの女がいたから」
「これはあくまで仮に、ユベールくんから脅迫を受けているのが事実だという前提で言うけれど。貴女のような性格なら、それを秘密にしたがるものじゃないかしら。違う?」
確かに、プライドが高そうに見えるから、そんな汚点は知られたくないはず。そもそも私の存在を、シビルが知っていたとは思えない。
私がユベールに拾われてから、三カ月。サビーナ先生以外は誰も、訪ねては来なかった。家の近くに来ていた可能性も否定できないけれど、私は人形の姿だったし……。
そう考え込んでいると、突然シビルに指を差された。
「あんたが全て悪いんじゃない!」
「え?」
「今は人間の姿をしているけど、元々は人形だったじゃない。気持ち悪いのよ!」
「シビル!」
今にも掴みかかろうとするユベールを、私は止めた。だって、事情を知らないシビルからしたら、気持ち悪く感じるのは当然だと思ったからだ。
人間の振りをしている人形……そう認識している立場からすれば。
けれど、どう言えば通じる? 本当のことを言えば、ますます私の立場は……ううん。ユベールの立場も悪くなってしまう。
下手したら、もうこの街にはいられなくなる……!
折角ユベールが、頑張って築き上げていたものを、私の手で壊すことになるのだ。
そんなことはしたくない。私さえ我慢すれば、きっとここは穏便に済ませてくれるだろう。
私が謝りさえすれば……たったそれだけでシビルの怒りが収まるのなら……!
「不快な想いを――……」
「リゼット。大丈夫。ここは私に任せて。貴女は私の大事な弟子であり、養女なのだから。今度こそ、貴女を守らせてほしいの」
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