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第2章 誰?

第9話 動力は魔石?

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 両手を重ね、胸元にある赤い宝石を包み込む。そっと魔力を込めると、手の隙間から赤い光が漏れた。

「やっぱり魔石です、この石は。私の魔力に反応しますので」
「魔力……そうか。僕は残念ながら、これっぽっちも魔力がないから、ただの宝石にしか見えなかったんだ。あぁ、そんなことなら、もっと高く売れば良かったな」

 先ほど資金源と言っていたことから、容易に想像がついた。
 手がかりも宛もない。情報すらあるとは思えない中、私を探すのは難しいこと。

 いくらそれを生きる目的にしたとしても、ユベールは子どもだ。貴族……でもなさそうだし、両親もいない。
 生計を立てることすら困難のように思えた。

「他にはないんですか? その方から貰った宝石は。私なら魔石かどうか判別できると思います」
「それが……リゼットに付けた宝石、じゃなかった魔石が最後なんだ」
「えっ!? で、では、これからどうやって生活していくんですか? 私のことは気にせず、これを売って足しにしてください」

 私は胸元の魔石に手をかけた。が、すぐに両手を取られてしまう。

「ダメ! やっと見つけて、こうして話せるのに、それができなくなるのは嫌だ!」
「……もしかして、これがないと私、動かないんですか?」
「うん。見つけた時は、ただの人形で。魔石を付けると喋り出す、変わった人形として……あっ、ごめん」

 ユベールは口元を手で隠しながら謝ったが、私はすぐに理解した。つまり、ユベールの手元に来る前の私は見世物小屋にいた、ということだ。
 実際に見たことはないけれど、サビーナ先生が教えてくれた。

 旅をしている時、魔法を使って芸をすると、一発でお金が稼げるのだとか。

「でしたら、私を使ってください。今の私なら、意識のない以上に上手くやれるはずですから」

 ヴィクトル様の役には立てなかったけれど、ユベールの役に立つのなら、何だってする! 私を見つけてくれた、謂わば恩人なのだから。

 けれどユベールは、何故か困った表情から悲しい顔になった。

「僕は君を利用したくて、手に入れたわけじゃない。あんな連中と一緒にしないで……」
「っ! ごめんなさい。そういう意味で言ったわけではないんです。私はただ、ユベールの役に立ちたくて……」

 私のせいで貧しい生活をしていたんじゃないか、と思うと辛かった。

「大丈夫だよ。リゼットが思っているほど、僕は貧乏じゃない。この家の中を見てもらえれば納得すると思うんだ。例えばあそこ! 色々な布があるんだけど、見えるかな?」
「どこですか?」

 角度が悪いのか、高さが足りないのか。ユベールの指差す方向に視線を向けても、布らしき物が見えなかった。
 すると、ユベールは私を抱き上げようと腕を伸ばす。途端、赤く腫れた右腕が視界に入った。

 さっき聞こえたのは、これ? どこかにぶつけたような声だったから、きっとそうね。

 私は咄嗟にユベールの右腕に触れた。静止させるわけではなく、治療するために。

「ヒール」

 胸元の魔石がそれに応えるように赤く光る。先ほどのような強い光ではなかったが、私とユベールを包むには十分な光だった。消えるのと同時に、腫れも引いていく。

 良かった。上手くできた。でもそれは見た目だけ。

「まだ痛みますか?」
「ううん。大丈夫みたいだ。凄いね、魔法って」
「そんなことはありません。私、下手だからこれくらいしかできないけれど」
「十分だよ。あっ、でもあまり使わないでね。赤い光が家の外に漏れると、怪しまれるから」

 確かに人形が動いたり、喋ったりする姿を見られて、ユベールが変な人に見られるのは大変だ。私は深く頷く。

「ありがとう。それじゃリゼット。そろそろ向こうに移動してもいいかな?」
「はい」

 私は両手を上げて、ユベールの腕を迎え入れた。


 ***


 向った先は奥の奥。恐らく、玄関から一番遠いのではないか、と思うほどの距離だった。これなら私が体を動かせたとしても、ユベールの指差した先は見えないと思う。

 やっぱり高さかな。風魔法を使えば、人形の私くらい浮かせられるかも。

 けれど魔法を使えば魔石から光が出るのだから、結局のところ、無理な話だった。

「リゼット、どうしたの?」
「すみません。ちょっと考え事をしていました」
「あぁ、僕がどうやって生計を立てているのか、予想していたの?」
「は、はい」

 実は違うことを考えていたのだが、肯定の返事をした。ユベールの言っていることも、気になっていたのは事実だったからだ。
 それでも不審に思われたかな、と見上げると、ユベールは気にする様子もなく、前を見据えていた。私もつられて視線を動かすと、そこには様々な種類の布がテーブルの上に置いてあった。

「答えはアレだよ。ブディックや仕立て屋から、ハギレを貰って小物を作っているんだ。時々、出来の良いはそのお店に置かせてもらったり、買い取ってもらったりしてね。なかなかいいお金になるんだよ」
「そういえば、ユベールの服装も……」

 孤児という割にはいいものを着ている。

「あぁ、これは仕立て屋さんからの善意。ブディックに出入りしているなら、いい服を着た方がお店のためにも自分のためにも良いからって」
「確かに、と言っても、私はブディックに行ったことがないのでピンときませんが」
「え! そうなの?」
「はい」

 いち伯爵令嬢なのに? と思われるかもしれないが、私の服はマニフィカ公爵家にやってくる仕立て屋さんに作ってもらっていた。
 勿論、費用はマニフィカ公爵家が支払ってくれている。一応、次期公爵夫人だからだ。

「それじゃ、今度行く時には一緒に行こう」
「いいんですか?」
「勿論。リゼットが人形の振りができれば、だけど……できる?」
「はい、できます」

 人形の姿でも、街に行けるのは嬉しい。

「そうなると、リゼットの身嗜みだしなみも整えたいんだけど、いいかな?」
「え? でも、服なんて……」
「あるよ。リゼットを探そうと思った、もう一つの理由はこれ」

 ユベールはそう言うと、僅かに空いている作業台の端に、私を座らせた。そして、棚の中からフリルの付いた小さな青いドレスを取り出し、私の目の前に……!

「か、可愛い……」
「でしょ! 元々手芸は得意なんだけど、リゼットを探している内に、人形用のドレスを作ったんだ。そしたら好評でね。最近じゃ、デザインまで指定されるほど売れるんだ」
「こんな可愛いドレスを作れるなんて……凄いです!」

 一応、淑女教育は受けたものの、手芸関係は苦手だったから余計にそう思った。刺繍はヴィクトル様にあげたくて、一生懸命頑張ったけど。

「ありがとう。因みに、これはリゼット用に作ったんだけど、寸法とか合っているか分からないから、測らせてもらってもいい? あと……その他も綺麗にしたいんだけど……」
「その他? 綺麗に?」

 もしかして、私を洗いたいってこと!? 確かに体を自由に動かせない身だけど……!

「待ってください! 体は自分で洗いたいです」
「時間がかかるよ。まだ自分で歩くことはできないんでしょ? 衛生的にも良くないし、僕が洗った方が」
「嫌です!」

 特にヴィクトル様に似ているユベールに洗われるのは、さすがに抵抗があった。しかしユベールは無情にも、私に伸ばす手を引っ込めない。

「ごめん、リゼット。少しの間だから我慢して」
「やっ……」

 ユベールはそう言いながら、胸元の赤い魔石を取り出した。その途端、意識が朦朧となり、私はゆっくりと瞼を閉じた。
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