10 / 14
第10話 雪くんがいるから
しおりを挟む
お母さんの言う通り、本当に矛盾している。そう思ったらおかしくて、つい口を出してしまった。
まぁ、このままだとお父さんが出て来て、雪くんが不利になりそうだった、というのもあるけれど。
「早智……」
ホッとした顔で私を見る雪くん。その口で「恋人」と言ったことを思い出して、表情が緩んだ。
すると、何がそんなにおかしかったのか、雪くんは笑顔を向けてきた。
「お母さんは私の言葉を聞いてくれたことってあった?」
「いつも聞いているでしょう」
「態度の話をしているんじゃないの。本当の意味で聞いたことがあったのか、私は尋ねているんだよ」
言葉遊びはやめて、というと、さらにお決まりの文句が飛んできてウンザリした。
お母さんは決まって「それは貴女のためを想って言っているの」とか「私やお父さんの言う通りにすれば、何も心配はいらないんだから」とか。
根拠のない言葉を並び立てる。
「そこに“早智”は本当にいるの?」
「え?」
「ずっと聞いてみたかったの。でも、怖くて聞けなかった。だって“早智”がいないことくらい、姉さんたちので知っていたから」
だから姉さんたちが言っていた。「早くこの家を出なさい。早智が壊れてしまう前に」と。
ようやく私はその言葉の意味を知った。
私は末っ子だから、お母さんたちの被害は薄かったけれど、姉さんたちは違う。特に一番上の姉は。
幼い頃からどこに出かけるのも、門限も厳しく。
遊びに出かける時は毎回、両親の説得から始まるから、いつしか出かけなくなり、幼い私の世話ばかりするようになった。
そして、婿養子として家に入る者も、姉さんが決めたわけではない。両親が決めた相手だった。
せめてもの救いは結婚後、別棟に建てた家に住んでいることだろうか。
二番目の姉さんが嫁いでいった時は、やっぱり寂しそうだったけれど、「自由になって」とエールを送っていた。
私にも、「早智もね。早くこの家から出られるといいね」と言えるほどの優しい姉さん。
だから私は戦うよ。だって一人じゃないから。雪くんがいてくれるから、大丈夫。
「お母さんたちの中では、自分たちの言うことを聞く子が可愛いんでしょう? いい子なんでしょう? 私は悪い子なんだから、放っておいて」
「そんなわけないでしょう、早智」
「だったら、一度でもいいから私の意見を通してよ」
「……リバーブラッシュへの就職は許したでしょう」
「最終的に、周りの説得に応じただけじゃない」
その周りの中に、私はいた? いたなら、そんな手間はなかったはずだよ。
私の言葉に、お母さんは何か言いたそうな顔をしていた。けれど雪くんの顔を見て、目を閉じる。
「お父さんには私が言っておくわ」
「っ!」
「でもね、早智。私たちの力が及ばないところに行ってしまったら、助けてあげることはできないのよ。何があっても」
「そのために僕は今の地位を得ました。今度は僕が早智を守るために」
雪くんは靴を脱いで、私の方へと近づく。しかし、お母さんの目は鋭いままだった。
「それでも貴方は養子よ。実子じゃない。その意味は分かるわよね」
「はい。でも策はあります」
「勝算もなく早智を欲しているわけではない、ということ?」
「勿論です」
二人は一体、何を言っているのか。何を心配しているのか。この時の私は分かっていなかった。
一週間後、私が会社に戻る、その時まで……。
***
けれど考えてみれば、すぐに分かることだった。
入社したての女性社員が、すぐに副社長付きの秘書に、だなんて、攻撃される格好の餌食であることを。
それが嫌だったからあの時、私は雪くんを拒絶したのだ。けれど、私自身の問題が発生してしまったため、すっかり頭から抜け落ちていた。
とはいえ、雪くんになかったことにしてくれ、とは言えない。だって、これは私が望んだことの代償なのだから。
「高野辺さん、いつになったら出来上がるの? こっちは貴女待ちなんだけど」
「すみません」
「それから、これミスしているからやり直して」
「はい。分かりました」
「これだから、嫌なのよね~」
コネで入ったわけではないけれど、総務課にいるのは同じようなものだから、小楯さんたちお姉さま方の当たりが強かった。
仕事内容から服装、ちょっとしたものでも難癖をつけてくる。
けれど私は、弱音を言える立場ではなかった。ずっと私はこういう風にならないように守られてきたのだ。
高野辺家の息のかかった会社に入る、ということはそういうことである。表立って私を攻撃することはできないようになっていた。
しかし、リバーブラッシュは違う。いくら雪くんが副社長でも、今の社長は千春さまだ。
たとえ私が雪くんの恋人だと知っていても、彼女たちは強気で出られるのだ。こんな強引な手を使った雪くんを千春さまが見過ごすはずはない、と。
まぁ、このままだとお父さんが出て来て、雪くんが不利になりそうだった、というのもあるけれど。
「早智……」
ホッとした顔で私を見る雪くん。その口で「恋人」と言ったことを思い出して、表情が緩んだ。
すると、何がそんなにおかしかったのか、雪くんは笑顔を向けてきた。
「お母さんは私の言葉を聞いてくれたことってあった?」
「いつも聞いているでしょう」
「態度の話をしているんじゃないの。本当の意味で聞いたことがあったのか、私は尋ねているんだよ」
言葉遊びはやめて、というと、さらにお決まりの文句が飛んできてウンザリした。
お母さんは決まって「それは貴女のためを想って言っているの」とか「私やお父さんの言う通りにすれば、何も心配はいらないんだから」とか。
根拠のない言葉を並び立てる。
「そこに“早智”は本当にいるの?」
「え?」
「ずっと聞いてみたかったの。でも、怖くて聞けなかった。だって“早智”がいないことくらい、姉さんたちので知っていたから」
だから姉さんたちが言っていた。「早くこの家を出なさい。早智が壊れてしまう前に」と。
ようやく私はその言葉の意味を知った。
私は末っ子だから、お母さんたちの被害は薄かったけれど、姉さんたちは違う。特に一番上の姉は。
幼い頃からどこに出かけるのも、門限も厳しく。
遊びに出かける時は毎回、両親の説得から始まるから、いつしか出かけなくなり、幼い私の世話ばかりするようになった。
そして、婿養子として家に入る者も、姉さんが決めたわけではない。両親が決めた相手だった。
せめてもの救いは結婚後、別棟に建てた家に住んでいることだろうか。
二番目の姉さんが嫁いでいった時は、やっぱり寂しそうだったけれど、「自由になって」とエールを送っていた。
私にも、「早智もね。早くこの家から出られるといいね」と言えるほどの優しい姉さん。
だから私は戦うよ。だって一人じゃないから。雪くんがいてくれるから、大丈夫。
「お母さんたちの中では、自分たちの言うことを聞く子が可愛いんでしょう? いい子なんでしょう? 私は悪い子なんだから、放っておいて」
「そんなわけないでしょう、早智」
「だったら、一度でもいいから私の意見を通してよ」
「……リバーブラッシュへの就職は許したでしょう」
「最終的に、周りの説得に応じただけじゃない」
その周りの中に、私はいた? いたなら、そんな手間はなかったはずだよ。
私の言葉に、お母さんは何か言いたそうな顔をしていた。けれど雪くんの顔を見て、目を閉じる。
「お父さんには私が言っておくわ」
「っ!」
「でもね、早智。私たちの力が及ばないところに行ってしまったら、助けてあげることはできないのよ。何があっても」
「そのために僕は今の地位を得ました。今度は僕が早智を守るために」
雪くんは靴を脱いで、私の方へと近づく。しかし、お母さんの目は鋭いままだった。
「それでも貴方は養子よ。実子じゃない。その意味は分かるわよね」
「はい。でも策はあります」
「勝算もなく早智を欲しているわけではない、ということ?」
「勿論です」
二人は一体、何を言っているのか。何を心配しているのか。この時の私は分かっていなかった。
一週間後、私が会社に戻る、その時まで……。
***
けれど考えてみれば、すぐに分かることだった。
入社したての女性社員が、すぐに副社長付きの秘書に、だなんて、攻撃される格好の餌食であることを。
それが嫌だったからあの時、私は雪くんを拒絶したのだ。けれど、私自身の問題が発生してしまったため、すっかり頭から抜け落ちていた。
とはいえ、雪くんになかったことにしてくれ、とは言えない。だって、これは私が望んだことの代償なのだから。
「高野辺さん、いつになったら出来上がるの? こっちは貴女待ちなんだけど」
「すみません」
「それから、これミスしているからやり直して」
「はい。分かりました」
「これだから、嫌なのよね~」
コネで入ったわけではないけれど、総務課にいるのは同じようなものだから、小楯さんたちお姉さま方の当たりが強かった。
仕事内容から服装、ちょっとしたものでも難癖をつけてくる。
けれど私は、弱音を言える立場ではなかった。ずっと私はこういう風にならないように守られてきたのだ。
高野辺家の息のかかった会社に入る、ということはそういうことである。表立って私を攻撃することはできないようになっていた。
しかし、リバーブラッシュは違う。いくら雪くんが副社長でも、今の社長は千春さまだ。
たとえ私が雪くんの恋人だと知っていても、彼女たちは強気で出られるのだ。こんな強引な手を使った雪くんを千春さまが見過ごすはずはない、と。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
青い導火線 クセモノたちの狂詩曲
奈月沙耶
恋愛
高校生になって始まったのは騒がしい日々。
クセモノな先輩たちに振り回されて彼はたくましくなっていく。
やがて知る様々な思い、たくさんの思惑。
そして一生ものの恋が始まる――――。
始めは学園コメディですが後半恋愛色が強くなります。多角多面な恋愛模様がお好きな方は是非。
今後は「Lotus 便利屋はカフェにいる」に続きます。
※2021/12/11~冒頭から文章とレイアウトの手直ししていきます。内容に変更はありません
*登場人物
・池崎正人
新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。
・中川美登利
中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。
・一ノ瀬誠
生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。
・綾小路高次
風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?
・坂野今日子
中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。
・船岡和美
中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。
・澤村祐也
文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。
・安西史弘
体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。
・森村拓己
正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。
・片瀬修一
正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。
・小暮綾香
正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。
・須藤恵
綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。
・宮前仁
美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。
・錦小路紗綾
綾小路の婚約者。京都に住んでいる。
・志岐琢磨
喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。
・中川巽
美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。
・榊亜紀子
美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。
・村上達彦
巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
悪魔な娘の政略結婚
夕立悠理
恋愛
悪魔と名高いバーナード家の娘マリエラと、光の一族と呼ばれるワールド家の長男ミカルドは婚約をすることになる。
婚約者としての顔合わせの席でも、夜会でもマリエラはちっとも笑わない。
そんなマリエラを非難する声にミカルドは、笑ってこたえた。
「僕の婚約者は、とても可愛らしい人なんだ」
と。
──見た目が悪魔な侯爵令嬢×見た目は天使な公爵子息(心が読める)の政略結婚のはなし。
※そんなに長くはなりません。
※小説家になろう様にも投稿しています
お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!
奏音 美都
恋愛
まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。
「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」
国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?
国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。
「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」
え……私、貴方の妹になるんですけど?
どこから突っ込んでいいのか分かんない。
「ざまぁされる似非ヒロインだ」と姉に言われますが意味がわかりません。
音爽(ネソウ)
恋愛
「あんたは勉強せずに泣いて媚びてれば良いのよ!」
困りました、私は泣き虫ではないのですよ。
姉が私の教科書を破り捨てました。どうして邪魔をされるのでしょう?
学園入学前に予習をしておきたいのにほぼ毎日邪魔が入ります……。
両親も激甘く私を扱います、ドレスも装飾品も買い過ぎですよ!
君の声を聴かせて~声フェチの人には聞かせたくないんですけどっ!~
如月 そら
恋愛
通称SV、スーパーバイザーとしてコールセンターに勤める高槻結衣は、お客様にも好評な社員だ。
それがある日事故対応した、高級外車に乗るいけ好かない人物と後日、食事に行った先で出会ってしまう。それはとてつもなく整った顔立ちの甘い声の持ち主だけれど。
「約款を読むだけでいいから」声を聞かせてと結衣に迫ってくるのは!?
──この人、声フェチ!?
通話のプロであるSVと、声フェチなエリート税理士の恋はどうなる?
※11/16にタイトルを変更させて頂きました。
※表紙イラストは紺野遥さんに描いて頂いています。無断転載複写は禁止ですー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる