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第10話 雪くんがいるから

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 お母さんの言う通り、本当に矛盾している。そう思ったらおかしくて、つい口を出してしまった。
 まぁ、このままだとお父さんが出て来て、雪くんが不利になりそうだった、というのもあるけれど。

「早智……」

 ホッとした顔で私を見る雪くん。その口で「恋人」と言ったことを思い出して、表情が緩んだ。
 すると、何がそんなにおかしかったのか、雪くんは笑顔を向けてきた。

「お母さんは私の言葉を聞いてくれたことってあった?」
「いつも聞いているでしょう」
「態度の話をしているんじゃないの。本当の意味で聞いたことがあったのか、私は尋ねているんだよ」

 言葉遊びはやめて、というと、さらにお決まりの文句が飛んできてウンザリした。

 お母さんは決まって「それは貴女のためを想って言っているの」とか「私やお父さんの言う通りにすれば、何も心配はいらないんだから」とか。
 根拠のない言葉を並び立てる。

「そこに“早智”は本当にいるの?」
「え?」
「ずっと聞いてみたかったの。でも、怖くて聞けなかった。だって“早智”がいないことくらい、姉さんたちので知っていたから」

 だから姉さんたちが言っていた。「早くこの家を出なさい。早智が壊れてしまう前に」と。
 ようやく私はその言葉の意味を知った。

 私は末っ子だから、お母さんたちの被害は薄かったけれど、姉さんたちは違う。特に一番上の姉は。

 幼い頃からどこに出かけるのも、門限も厳しく。
 遊びに出かける時は毎回、両親の説得から始まるから、いつしか出かけなくなり、幼い私の世話ばかりするようになった。

 そして、婿養子として家に入る者も、姉さんが決めたわけではない。両親が決めた相手だった。

 せめてもの救いは結婚後、別棟に建てた家に住んでいることだろうか。

 二番目の姉さんが嫁いでいった時は、やっぱり寂しそうだったけれど、「自由になって」とエールを送っていた。
 私にも、「早智もね。早くこの家から出られるといいね」と言えるほどの優しい姉さん。

 だから私は戦うよ。だって一人じゃないから。雪くんがいてくれるから、大丈夫。

「お母さんたちの中では、自分たちの言うことを聞く子が可愛いんでしょう? いい子なんでしょう? 私は悪い子なんだから、放っておいて」
「そんなわけないでしょう、早智」
「だったら、一度でもいいから私の意見を通してよ」
「……リバーブラッシュへの就職は許したでしょう」
「最終的に、周りの説得に応じただけじゃない」

 その周りの中に、私はいた? いたなら、そんな手間はなかったはずだよ。

 私の言葉に、お母さんは何か言いたそうな顔をしていた。けれど雪くんの顔を見て、目を閉じる。

「お父さんには私が言っておくわ」
「っ!」
「でもね、早智。私たちの力が及ばないところに行ってしまったら、助けてあげることはできないのよ。何があっても」
「そのために僕は今の地位を得ました。今度は僕が早智を守るために」

 雪くんは靴を脱いで、私の方へと近づく。しかし、お母さんの目は鋭いままだった。

「それでも貴方は養子よ。実子じゃない。その意味は分かるわよね」
「はい。でも策はあります」
「勝算もなく早智を欲しているわけではない、ということ?」
「勿論です」

 二人は一体、何を言っているのか。何を心配しているのか。この時の私は分かっていなかった。

 一週間後、私が会社に戻る、その時まで……。


 ***


 けれど考えてみれば、すぐに分かることだった。
 入社したての女性社員が、すぐに副社長付きの秘書に、だなんて、攻撃される格好の餌食であることを。

 それが嫌だったからあの時、私は雪くんを拒絶したのだ。けれど、私自身の問題が発生してしまったため、すっかり頭から抜け落ちていた。

 とはいえ、雪くんになかったことにしてくれ、とは言えない。だって、これは私が望んだことの代償なのだから。

「高野辺さん、いつになったら出来上がるの? こっちは貴女待ちなんだけど」
「すみません」
「それから、これミスしているからやり直して」
「はい。分かりました」
「これだから、嫌なのよね~」

 コネで入ったわけではないけれど、総務課にいるのは同じようなものだから、小楯さんたちお姉さま方の当たりが強かった。

 仕事内容から服装、ちょっとしたものでも難癖をつけてくる。

 けれど私は、弱音を言える立場ではなかった。ずっと私はこういう風にならないように守られてきたのだ。
 高野辺家の息のかかった会社に入る、ということはそういうことである。表立って私を攻撃することはできないようになっていた。

 しかし、リバーブラッシュは違う。いくら雪くんが副社長でも、今の社長は千春さまだ。

 たとえ私が雪くんの恋人だと知っていても、彼女たちは強気で出られるのだ。こんな強引な手を使った雪くんを千春さまが見過ごすはずはない、と。
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