上 下
40 / 48
第5章 首都へ帰還

第40話 気分が悪い理由は……

しおりを挟む
 首都に戻ってきたその足で、私はブレイズ公爵邸に向かった。

「メイベル、お帰りなさい」

 先に手紙で連絡していたのもあって、お母様が出迎えてくれた。それも婚約破棄されて戻ってきた時と同じように、玄関から出て待ってくれていたのだ。
 あの時とは違うのは、温かい表情と立ち方。騎士団の訓練から帰って来た時と、同じような雰囲気をまとっていた。

 うるさいことを言う割に、こういうところは律儀なんだから。

「あら、一人なの?」

 馬車から降りてきたのが私だけだったのが、ご不満だと謂わんばかりの口調。手紙にもアリスター様と帰ることは伝えていたため、お母様は露骨に怪訝な表情をした。

「アリスター様はシオドーラの、聖女の護送があるので、私は先にこっちへ。エヴァレット辺境伯のタウンハウスでは気が休まらないだろうから、と」
「どうやら、その判断は間違っていなかったようね。顔色が悪いわ。どうしたの? 何かあって?」
「大丈夫です。ちょっと転移魔法陣に当てられて気持ち悪くなっただけですから」

 そう。首都に着いた途端、私は気持ち悪くなり、動けなくなってしまったのだ。
 しばらくの間、休んだのだが、アリスター様が心配をして、サミーと共にブレイズ公爵邸へ送り出してくれた、というわけである。

 勿論、首都にあるエヴァレット辺境伯のタウンハウスに、という選択肢もあった。しかし一度しか行ったことのない場所に、さすがのアリスター様も、行けとは言えなかったのだ。

 それどころか、私に同行したいと言い張る始末。けれど、シオドーラの護送を他の者に託すわけにはいかないため、説得したのだが、それでも渋々……いや、泣く泣く私を馬車に。
 サミーには「何かあったらすぐに連絡してくれ」と念入りに言っていた。それはもう、恥ずかしいくらい。

「まぁ、メイベルは遠出をしたことが、あまりなかったから。何度も転移魔法陣で移動すれば、確かにそうなってしまうかもしれないわね」
「……面目次第もないです」
「何を言っているの。そういう時のために私が、いえこの家があるのだから、いつでも頼ってくれていいのよ。何でも大変そうだったらしいじゃない」

 早く詳細を聞かせなさい、という圧力を感じた。その前の優しい言葉は何だったのか、というほどに。しかし、それは嘘ではなかったようだ。

「一先ず、部屋でゆっくり休みなさい。そのままにしてあるから」
「っ! ありがとうございます、お母様」

 帰って来たことと、お母様の温かさに触れたこと。その両方に涙ぐんでしまった。


 ***


 うるさい。誰かが言い争っている声がする。

「……――が何で!」
「それはメイ…………だから仕方がな……――」

 うるさい。静かにしてくれないかな。

「やだよ、そんなの!」
「うるさい!」

 言い争いなら他所でやって、とばかりに私は手近にある物を投げた。と同時に、起き上がった上半身を、そのまま倒れるようにベッドへ横たわらせる。
 けれどマットレスに背中が当たったような感触がしない。

「メイベルっ!」

 代わりに感じるのは温もりだった。でも、まだ布団にくるまっていない。私はその不思議な感覚に、閉じていた瞼を開けた。

「だ、んな、さま?」

 逆光になっていても、美しい銀髪。その奥にある赤い瞳が、何故か私を心配そうに見詰めてくる。
 しかし、私の声に安堵したからなのか、表情が柔らかくなった。が、逆に私は眉間に皺を寄せる。

「邪魔、しないで!」

 まだ眠いんだから、とアリスター様の腕から逃れようと、その体を叩いた。けれど案の定というべきか、ビクともしない。それでも、私は止めなかった。

「分かった。分かったから、大人しくしてくれ」
「嫌!」

 邪魔している側の意見を何で私が。逆に私の意見を聞くべきでしょう! 理不尽なことを言わないで! 

「サミー、枕を取ってくれ」
「はい」
「いくらマットレスが柔らかくても、危ないだろう」

 大袈裟な。いつもこうして寝ているじゃない。それに……。

「平気で人のことを押し倒す人が、何を言っているんですか」
「それは我慢できなくて、じゃなくてだな。今は大事な体だから」
「……これまでは違うと?」
「本当に寝起きは質が悪いな」

 枕に頭を乗せられ、そのまま体を「ふんっ!」と横に向ける。寝起きにお小言は聞きたくないからだ。
 しかし、アリスター様は許してくれなかった。いや、爆弾発言を聞いてしまったために、できなかった、というのが正しい。

「こう言えば目が覚めるか。子どもができたんだよ」
「え? だ、誰に?」

 いや、誰の? と聞くべきだったかな。私は仰向けになって、アリスター様の顔を見た。

「メイベルのお腹に、俺たちの子どもが」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーー!!」
「だから、大声を出すな。お腹に響くだろうが」
「そ、そんなことを言われても……」

 急に子どもができたと言われて、すぐに実感できるとでも言うの? すぐに母性が目覚めて、母親になれると思っているの? 自覚だってまだしていないのに。

「はぁ。これだから、男どもは」

 唐突にお母様の声が聞こえてきた。それも呆れた声が。

「クリフ。エヴァレット辺境伯を連れて部屋の外に出て行ってちょうだい」
「え! 何で僕まで」
「寝ているメイベルの部屋で騒いだ罰よ。口論なら別室でやりなさい。それとも叩き出されたいのかしら」

 え? クリフまでいるの?
 私は咄嗟に起き上がろうとした。けれどアリスター様に止められてしまう。

「俺まで出て行く必要があるんですか?」
「夫であっても、順序を間違えてメイベルに負担をかければ同じことよ。貴方も罰を受けるべきでしょう。違うかしら? ねぇ、メイベル」
「今回はお母様に同意します」
「め、メイベル!?」

 今のアリスター様とはゆっくり話ができるとは思えない。妊婦だからという理由で、ベッドから出さないこともあり得るからだ。

 同じ過保護でも、お母様は違うだろう。何と言っても、大先輩。ここは言うことを聞くべきだ。

「そういうことだから、サミー。二人が出ていかないのなら、叩き出しなさい。許可をするわ。一人では無理そうなら、誰か呼んでも構わないから」
「畏まりました」
「いいよ、そこまでしなくても。エヴァレット辺境伯、行くよ。ここは逆らわない方がいい」
「……分かった」

 渋々そう言いながら離れていくアリスター様。代わりに傍にやってくるお母様のお陰で、私は上半身を起き上がらせることができた。

「さすがはお母様。ありがとうございます」
「ここにいる間は助けてあげられるけど、今後は貴女がやるのよ。そうでなかったら――……」
「分かっています」

 身動きが取れなくなることくらい……。
 私はアリスター様とクリフが出て行った扉を見ながら、遠くなりそうになった気を、グッと堪えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい

tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。 本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。 人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆ 本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編 第三章のイライアス編には、 『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』 のキャラクター、リュシアンも出てきます☆

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...