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第3話 たった一度の出会いで(ルジェダ視点)

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 一目惚れがこんなにも厄介なものだとは思わなかった。

 あの日、ザビエーラ王子がお忍びで劇場を訪れると聞いた時、僕は別の意味で舞い上がっていた。
 何せ僕は、テケ辺境伯領から、勘当も同然で劇場に入った身の上だったからだ。

 ここで成果をあげれば、いや名を馳せれば役者をバカにした家族を見返せると思ったんだ。

『国境を守る、このテケ家に生まれた分際で役者だと! バカも休み休み言え!』
『そんな暇があるなら剣を持て!』
『折角、将来は騎士になれるってのに、これだからボンボンは……』

 辺境伯の息子が役者を目指すのは、そんなに悪いことなのか?
 騎士になる道しか用意されていないことの方がおかしいじゃないか。僕は次男だぞ!

「ふふふっ、やる気満々ね、ルジェダ」
「……デージー」

 金色の髪をなびかせて、僕の目の前に立つ、デージー・トラヴェルサ。劇場の売れっ子女優だ。彼女を目当てに、毎日、足しげく通う客がいるほどの人気者だった。

 そんなデージーがやってくるのは決まっている。
 
「またからかいに来たのか」
「あら、そんな余裕があるように見える?」
「見えないから言っているんだよ。いつもそうやって緊張をほぐすために、僕をからかいに来ているんだろう。見え見えなんだよ」

 デージーは緑色の瞳をパチクリさせた。どうやら僕が気づいていないと思っていたらしい。

「あ~あ。だったら、別の人のところに行くわ~」
「……緊張を解すんだったら、ちょっと僕の演技を見てもらえないか。今日は失敗できないんだ」
「からかってもいいなら、見るけど?」

 それでもいい? とデージーはキョトンとした表情で首を傾けた。

「……手加減は?」
「う~ん。ルジェダの演技次第ね」
「分かった。それでいい」

 ブスッとする僕とは正反対に、デージーはファンを魅了するほどの笑みを向けてきた。
 生憎、僕には通用しないけどね。


 ***


 劇が終わり、いつものようにエントランスに入る。お客様を見送るのが、この劇場の仕来りだった。

 デージーのような人気女優はトラブルの原因になるため、ここにはいない。むしろ、売れない僕たちのための仕来りなのだ。
 お客様に顔を認識してもらい、ファンを獲得する。

 だから、エントランスに入るのと同時にファンがやってくるのは名誉なことだった。僕のところにはまだまだ……。そう思っていたのに。

「凄く良かったです! 感激しました!」

 オレンジ色の髪から覗く、キラキラした黄色い瞳が僕を捉える。さらに近づくと、僕の手を掴み、両手で包み込んだ。
 手袋越しだったけれど、とても小さくて可愛らしい。

 見た目も、まるで小動物のようで愛らしかった。

「あ、ありがとうございます」

 それなのに僕は、気の利いたセリフも言えずにいた。

「頑張ってください。あまり劇場には来られませんけれど」

 貴族令嬢に見えるけど、裕福な家ではないのだろう。劇場に足を運ぶのは貴族の嗜みだけど、娯楽に変わりない。

 そっか。ちょっと残念だな。折角、僕のファンになってくれそうだったのに。
 どこの家門の子なんだろう。

 あの時はただ、それだけだった。けれど日を追うごとに、彼女のキラキラした瞳が忘れられなくなった。


 ***


「一目惚れね。何を恋煩いしているのかと思ったら」
「……デージー。僕の心を読まないでくれるかな」

 劇場の裏手にある広場のベンチに腰掛けていると、デージーがやってきた。項垂うなだれている僕を心配に……いや、からかいに来たのだろう。
 しかし、いつもの反応が返ってこなかった。

「私、今は魔法を使っていないんだけど……」
「え?」
「あっ、ヤバっ」

 魔法? 魔法って言ったか。

 慌ててこの場から去ろうとするデージーの腕を、僕は咄嗟に掴んだ。こういう時、騎士になるために受けていた訓練が役に立つ。

「どういう意味だ。まさかお前――……」
「ルジェダまで言うの!? 魔女が舞台に立つなって。女優を目指すのはおかしいって」
「っ!」

 そうか。こいつも、デージーも僕と同じ悩みを抱いていたんだな。

「違うよ。僕はただデージーの言い方が気になっただけだ」
「言い方?」
「何に魔法を使ったんだよ。不正行為なら――……」
「してない、してない!! ただ、皆の空気が悪い時に、そっとね。なかなか悩みを打ち明けられるほど、私たち劇団の人間って、そんなに親しくないでしょ。私やルジェダもそうだけど、皆、色々事情を抱えているからさ。だからちょこっと……」

 人の心を覗いていたってわけか。理由はどうあれ、デージーも良くないことだとは分かっているらしい。

「面倒見がいいもんな、お前」
「そうだ! 私が例のお嬢さんを探してあげようか。支配人さんを通さずに調べられるよ?」
「っ!」

 客とのトラブルを避けるため、いくら気に入った客がいても、劇場の支配人が僕ら役者に身元を教えてくれることはない。
 首都に構えている、という誇りと名誉、信頼関係で成り立っているからだ、と支配人はよく胸を張っていた。

 その信念は尊敬できるし、僕ら役者側の格もあがるというもの。首都の劇場の舞台に立っていた、という箔がつくのだ。

 それをいとも簡単に覆そうとするデージー。
 まるで悪魔の囁きだな。魔女だけど……。

「つまり、口止め料ってことか?」
「……うん。ダメ? こういうのは嫌いだった?」

 好きか嫌いかと言われれば、どちらでもない。後ろめたいような、抜け駆けをしているような、そんな気持ちの方が大きかった。だけど……。

「い、一度だけなら……」

 魔が差したんだ、と言い訳させてくれ!
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