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テンゼル

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その日から、カルミアは再び部屋の中に閉じこもって暮すことを余儀なくされた。窓辺から見える街の雰囲気はいつもとは違ってどこか陰鬱としている。

空が曇っているせいではなく、ただ単に閑散としているのだ。

昨日、すぐそこの通りを走っていた子供の声も、薔薇の花籠を持った若い女の話声も。活気ある若い男の恫喝する声も。何もかも聞こえない。特に通りには男ばかりで、女を見かけることはあまりない。

カルミアがこの街に引っ越してきてから、こんなことは一度もなかった。

恐ろしいほどの静けさ。部屋の中でクロエと2人きりでいることがこんなにも心元ない。

腕の中で眠る小さな赤子。クロエの瞳はカルミアに似て濃いルビーの色合いをしている。ほんの少し生える髪もカルミアによく似た金色。愛らしい天使ような我が子。

カルミアはクロエを柔く抱きしめた。

幾日がして。

ランネルが部屋を訪れた。ランネルの顔は日が経つごとに鬱々としている。

「……今日もまた1人、いなくなったの」

そう言って顔を俯けるランネルの声音は今までにないくらい静かだ。

「今日は誰が?」
「この街に来たばかりの子。蜂蜜売りのケイトおば様のところまで働きに来た子らしいの。私は知らない子だけど、ケイトおば様は、ものすごく嘆いていらっしゃったわ」

顔を覆うランネルの肩をカルミアはそっと撫でた。

「……テンゼルは人心掌握に長けた人間なのかしら」

カルミアの呟きに、ランネルは顔をあげた。

「そう、なのかもしれない。彼と直接話したことはないの。だけど、そうとしか考えられないわね」

ランネルが頷いた時、ふいに扉の戸が忙しなく叩かれた。

扉の向こうから聞こえてくるか細い声。この声は。

「リネットの声だわ」

カルミアが急いで扉へ向かおうとすると、何故かランネルに押しとどめられた。

「ミア、クロエを抱いて……絶対に奥の部屋から出てきては駄目」

瞬間、剣呑な空気が部屋の中を見たした。反論を許さないその口調。カルミアはランネルに強い力で、奥の部屋へと押し込められた。

閉じられた扉の向こう側、ランネルの険しい声が聞こえてくる。そして1人。野太い男の声だ。一体、誰の声音なのか。

(もしかして……テンゼル?)

そんな馬鹿な。なぜ、テンゼルがカルミアの家を知っているというんだ。考えすぎにもほどがある。すぐに自らの思考を正そうとするカルミアだったが、次のランネルの言葉で冷や水を浴びせられたかのような心境に陥る。

「……テンゼル様、一体何の用でこちらに?」

(嘘……どうして)

本当にテンゼルだというのか。カルミアとテンゼルに面識などない。それが一体どうしてこんな小さな家にまで来るというのだ。

「この家に相当な美人が住んでいると聞いてな。いや、なに、少しその顔を拝ませてもらおうと思ったまでよ」

その気味の悪いねっとりとして声音に、カルミアの背筋がぞっと泡だった。

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