上 下
6 / 7

第6話

しおりを挟む
「……ユ、ユシス?」
「しばらく、抱きしめられていてください」

そう言われてしまえば、それまで。ルルは大人しくユシスに抱きしめられながら、口から漏れ出る嗚咽をその胸元で吐き出した。

「……すみません。不安になってしまって、思わず。どうか、許してください」
「不安?」

(それは……婚約することが?)


「……もしかしたら、あなたは兄さんと婚約したかったのではないかと」
「兄って……ルーク?……どうして」
「最近、あなたが王宮を訪ねてくるのはもっぱら、兄に会うことを目的としていたようなので、てっきり」

それは確かにそうだけれど。それは。

「ウィリルの公用語を、教えてもらっていただけよ。ウィリルの公用語は難しくて、この国で話せる人はごくわずかなんだもの。ルークに教えてもらうしかないじゃない」

実際、ウィリルは小国で、ウィリル特有の公用語は大陸の国々では伝わらない。習得が難しいことや、小国である故に用いる範囲が限られることが理由でもある。そのため、アラナ姫はこの国を訪問する時には必ずアベリアの公用語を使う。アベリアの公用語は大陸共通で使われる言語の1つでもあるからだ。

「ウィリルの……そうだったんですか」

ユシスは驚いたように腕の中で抱いたルルを見つめた。

「そうよ。だって、そうしたらあのアラナ姫に侮られずにお伝えすることが出来るじゃない。『私はユシスの婚約者です』って。例えそれで詰られても言い返してやれるわ」
「……?なぜ、アラナ姫に?」
「まあ!ユシスったら、やっぱり気づいていなかったのね。アラナ姫はユシスのことが好きなのよ」

ユシスは心底驚いた様子で「はあ」と溜息を吐いた。

「まさか」
「ユシスは本当に、恋愛事には鈍感ね。子供の頃は、私がいっぱいアピールしても気づいてくれなくて困ったものだったわ」
「……そうでしたね。でも、ルルはとても分かりやすかったので、さすがに7歳くらいの時には気づきましたよ。『もう!どうして私の気持ちに気づいてくれないの?』って首筋を噛まれた時に気づきました」
「う……、ご、ごめんなさい」
「どうして、謝るんです?僕はとても嬉しかったですよ」
「……あぅ」

ユシスは最上級の笑みを浮かべて、よる強くルルを抱きしめた。

「ところで、ウィリルの公用語を習得するなら、僕でもいいでしょう?なぜ、兄に教えてもらおうと?僕はそんなに頼りないですか?」

拗ねたような口調に、ルルは苦笑を零した。

「あら、駄目よ。ユシスのことびっくりさえるためにルークから教えてもらっていたんだから。でも、そうね。ユシスが知らない間に他の女の子に言葉を教わっていたら、なんだか嫌だわ。……不安にさせてごめんなさい、ユシス」

ルルはまっすぐにユシスを見つめた。

「僕こそ、変な勘違いをして。……ルルを試すような真似をしてしまうなんて、自分でも……信じられません」

しゅんと肩を落とすユシスの表情をまじまじと見て、ルルは察する。

ユシスはルルより2つ歳下だ。そのためにどうしても、ルルとルークの方が年が近いために気安い態度を取ってしまう。それでもルルは、ルークよりユシスの方が優しいし、かっこいいし、一緒にいてとても楽しいと思う。そうやって幼い頃は思ったことを全部ユシスに伝えていた。

(でも、最近はあんまり言ってなかったわね)

「これからはあなたが不安にならないように、もっと気持ちを伝えるようにするわ」
「ルル……」
「ユシスも伝えてくれなきゃ嫌よ。あとあと、アラナ姫がべたべたしてきたら、さりげなく断って頂戴。隣国の王女様だし。難しかったら、ちょっと嫌な顔をするだけでもいいんだから」
「いえ、アラナ姫の気持ちが分かった以上はきちんとお断りしますよ」

ユシスは柔らかく笑う。

「……よかった。あなたの気持ちを改めて聞くことが出来て。これで心置きなく婚約発表できます」
「ええ、そうね!」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇太子から愛されない名ばかりの婚約者と蔑まれる公爵令嬢、いい加減面倒臭くなって皇太子から意図的に距離をとったらあっちから迫ってきた。なんで?

下菊みこと
恋愛
つれない婚約者と距離を置いたら、今度は縋られたお話。 主人公は、婚約者との関係に長年悩んでいた。そしてようやく諦めがついて距離を置く。彼女と婚約者のこれからはどうなっていくのだろうか。 小説家になろう様でも投稿しています。

わたしはくじ引きで選ばれたにすぎない婚約者だったらしい

よーこ
恋愛
特に美しくもなく、賢くもなく、家柄はそこそこでしかない伯爵令嬢リリアーナは、婚約後六年経ったある日、婚約者である大好きな第二王子に自分が未来の王子妃として選ばれた理由を尋ねてみた。 王子の答えはこうだった。 「くじで引いた紙にリリアーナの名前が書かれていたから」 え、わたし、そんな取るに足らない存在でしかなかったの?! 思い出してみれば、今まで王子に「好きだ」みたいなことを言われたことがない。 ショックを受けたリリアーナは……。

大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。 でも貴方は私を嫌っています。 だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。 貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。 貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。

余命わずかな私は家族にとって邪魔なので死を選びますが、どうか気にしないでくださいね?

日々埋没。
恋愛
 昔から病弱だった侯爵令嬢のカミラは、そのせいで婚約者からは婚約破棄をされ、世継ぎどころか貴族の長女として何の義務も果たせない自分は役立たずだと思い悩んでいた。  しかし寝たきり生活を送るカミラが出来ることといえば、家の恥である彼女を疎んでいるであろう家族のために自らの死を願うことだった。  そんなある日願いが通じたのか、突然の熱病で静かに息を引き取ったカミラ。  彼女の意識が途切れる最後の瞬間、これで残された家族は皆喜んでくれるだろう……と思いきや、ある男性のおかげでカミラに新たな人生が始まり――!?

【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません

すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」 他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。 今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。 「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」 貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。 王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。 あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!

婚約者の初恋を応援するために婚約解消を受け入れました

よーこ
恋愛
侯爵令嬢のアレクシアは婚約者の王太子から婚約の解消を頼まれてしまう。 理由は初恋の相手である男爵令嬢と添い遂げたいから。 それを聞いたアレクシアは、王太子の恋を応援することに。 さて、王太子の初恋は実るのかどうなのか。

私のことは気にせずどうぞ勝手にやっていてください

みゅー
恋愛
異世界へ転生したと気づいた主人公。だが、自分は登場人物でもなく、王太子殿下が見初めたのは自分の侍女だった。 自分には好きな人がいるので気にしていなかったが、その相手が実は王太子殿下だと気づく。 主人公は開きなおって、勝手にやって下さいと思いなおすが……… 切ない話を書きたくて書きました。 ハッピーエンドです。

あなたの婚約者は、わたしではなかったのですか?

りこりー
恋愛
公爵令嬢であるオリヴィア・ブリ―ゲルには幼い頃からずっと慕っていた婚約者がいた。 彼の名はジークヴァルト・ハイノ・ヴィルフェルト。 この国の第一王子であり、王太子。 二人は幼い頃から仲が良かった。 しかしオリヴィアは体調を崩してしまう。 過保護な両親に説得され、オリヴィアは暫くの間領地で休養を取ることになった。 ジークと会えなくなり寂しい思いをしてしまうが我慢した。 二か月後、オリヴィアは王都にあるタウンハウスに戻って来る。 学園に復帰すると、大好きだったジークの傍には男爵令嬢の姿があって……。 ***** ***** 短編の練習作品です。 上手く纏められるか不安ですが、読んで下さりありがとうございます! エールありがとうございます。励みになります! hot入り、ありがとうございます! ***** *****

処理中です...