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第6話
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「……ユ、ユシス?」
「しばらく、抱きしめられていてください」
そう言われてしまえば、それまで。ルルは大人しくユシスに抱きしめられながら、口から漏れ出る嗚咽をその胸元で吐き出した。
「……すみません。不安になってしまって、思わず。どうか、許してください」
「不安?」
(それは……婚約することが?)
「……もしかしたら、あなたは兄さんと婚約したかったのではないかと」
「兄って……ルーク?……どうして」
「最近、あなたが王宮を訪ねてくるのはもっぱら、兄に会うことを目的としていたようなので、てっきり」
それは確かにそうだけれど。それは。
「ウィリルの公用語を、教えてもらっていただけよ。ウィリルの公用語は難しくて、この国で話せる人はごくわずかなんだもの。ルークに教えてもらうしかないじゃない」
実際、ウィリルは小国で、ウィリル特有の公用語は大陸の国々では伝わらない。習得が難しいことや、小国である故に用いる範囲が限られることが理由でもある。そのため、アラナ姫はこの国を訪問する時には必ずアベリアの公用語を使う。アベリアの公用語は大陸共通で使われる言語の1つでもあるからだ。
「ウィリルの……そうだったんですか」
ユシスは驚いたように腕の中で抱いたルルを見つめた。
「そうよ。だって、そうしたらあのアラナ姫に侮られずにお伝えすることが出来るじゃない。『私はユシスの婚約者です』って。例えそれで詰られても言い返してやれるわ」
「……?なぜ、アラナ姫に?」
「まあ!ユシスったら、やっぱり気づいていなかったのね。アラナ姫はユシスのことが好きなのよ」
ユシスは心底驚いた様子で「はあ」と溜息を吐いた。
「まさか」
「ユシスは本当に、恋愛事には鈍感ね。子供の頃は、私がいっぱいアピールしても気づいてくれなくて困ったものだったわ」
「……そうでしたね。でも、ルルはとても分かりやすかったので、さすがに7歳くらいの時には気づきましたよ。『もう!どうして私の気持ちに気づいてくれないの?』って首筋を噛まれた時に気づきました」
「う……、ご、ごめんなさい」
「どうして、謝るんです?僕はとても嬉しかったですよ」
「……あぅ」
ユシスは最上級の笑みを浮かべて、よる強くルルを抱きしめた。
「ところで、ウィリルの公用語を習得するなら、僕でもいいでしょう?なぜ、兄に教えてもらおうと?僕はそんなに頼りないですか?」
拗ねたような口調に、ルルは苦笑を零した。
「あら、駄目よ。ユシスのことびっくりさえるためにルークから教えてもらっていたんだから。でも、そうね。ユシスが知らない間に他の女の子に言葉を教わっていたら、なんだか嫌だわ。……不安にさせてごめんなさい、ユシス」
ルルはまっすぐにユシスを見つめた。
「僕こそ、変な勘違いをして。……ルルを試すような真似をしてしまうなんて、自分でも……信じられません」
しゅんと肩を落とすユシスの表情をまじまじと見て、ルルは察する。
ユシスはルルより2つ歳下だ。そのためにどうしても、ルルとルークの方が年が近いために気安い態度を取ってしまう。それでもルルは、ルークよりユシスの方が優しいし、かっこいいし、一緒にいてとても楽しいと思う。そうやって幼い頃は思ったことを全部ユシスに伝えていた。
(でも、最近はあんまり言ってなかったわね)
「これからはあなたが不安にならないように、もっと気持ちを伝えるようにするわ」
「ルル……」
「ユシスも伝えてくれなきゃ嫌よ。あとあと、アラナ姫がべたべたしてきたら、さりげなく断って頂戴。隣国の王女様だし。難しかったら、ちょっと嫌な顔をするだけでもいいんだから」
「いえ、アラナ姫の気持ちが分かった以上はきちんとお断りしますよ」
ユシスは柔らかく笑う。
「……よかった。あなたの気持ちを改めて聞くことが出来て。これで心置きなく婚約発表できます」
「ええ、そうね!」
「しばらく、抱きしめられていてください」
そう言われてしまえば、それまで。ルルは大人しくユシスに抱きしめられながら、口から漏れ出る嗚咽をその胸元で吐き出した。
「……すみません。不安になってしまって、思わず。どうか、許してください」
「不安?」
(それは……婚約することが?)
「……もしかしたら、あなたは兄さんと婚約したかったのではないかと」
「兄って……ルーク?……どうして」
「最近、あなたが王宮を訪ねてくるのはもっぱら、兄に会うことを目的としていたようなので、てっきり」
それは確かにそうだけれど。それは。
「ウィリルの公用語を、教えてもらっていただけよ。ウィリルの公用語は難しくて、この国で話せる人はごくわずかなんだもの。ルークに教えてもらうしかないじゃない」
実際、ウィリルは小国で、ウィリル特有の公用語は大陸の国々では伝わらない。習得が難しいことや、小国である故に用いる範囲が限られることが理由でもある。そのため、アラナ姫はこの国を訪問する時には必ずアベリアの公用語を使う。アベリアの公用語は大陸共通で使われる言語の1つでもあるからだ。
「ウィリルの……そうだったんですか」
ユシスは驚いたように腕の中で抱いたルルを見つめた。
「そうよ。だって、そうしたらあのアラナ姫に侮られずにお伝えすることが出来るじゃない。『私はユシスの婚約者です』って。例えそれで詰られても言い返してやれるわ」
「……?なぜ、アラナ姫に?」
「まあ!ユシスったら、やっぱり気づいていなかったのね。アラナ姫はユシスのことが好きなのよ」
ユシスは心底驚いた様子で「はあ」と溜息を吐いた。
「まさか」
「ユシスは本当に、恋愛事には鈍感ね。子供の頃は、私がいっぱいアピールしても気づいてくれなくて困ったものだったわ」
「……そうでしたね。でも、ルルはとても分かりやすかったので、さすがに7歳くらいの時には気づきましたよ。『もう!どうして私の気持ちに気づいてくれないの?』って首筋を噛まれた時に気づきました」
「う……、ご、ごめんなさい」
「どうして、謝るんです?僕はとても嬉しかったですよ」
「……あぅ」
ユシスは最上級の笑みを浮かべて、よる強くルルを抱きしめた。
「ところで、ウィリルの公用語を習得するなら、僕でもいいでしょう?なぜ、兄に教えてもらおうと?僕はそんなに頼りないですか?」
拗ねたような口調に、ルルは苦笑を零した。
「あら、駄目よ。ユシスのことびっくりさえるためにルークから教えてもらっていたんだから。でも、そうね。ユシスが知らない間に他の女の子に言葉を教わっていたら、なんだか嫌だわ。……不安にさせてごめんなさい、ユシス」
ルルはまっすぐにユシスを見つめた。
「僕こそ、変な勘違いをして。……ルルを試すような真似をしてしまうなんて、自分でも……信じられません」
しゅんと肩を落とすユシスの表情をまじまじと見て、ルルは察する。
ユシスはルルより2つ歳下だ。そのためにどうしても、ルルとルークの方が年が近いために気安い態度を取ってしまう。それでもルルは、ルークよりユシスの方が優しいし、かっこいいし、一緒にいてとても楽しいと思う。そうやって幼い頃は思ったことを全部ユシスに伝えていた。
(でも、最近はあんまり言ってなかったわね)
「これからはあなたが不安にならないように、もっと気持ちを伝えるようにするわ」
「ルル……」
「ユシスも伝えてくれなきゃ嫌よ。あとあと、アラナ姫がべたべたしてきたら、さりげなく断って頂戴。隣国の王女様だし。難しかったら、ちょっと嫌な顔をするだけでもいいんだから」
「いえ、アラナ姫の気持ちが分かった以上はきちんとお断りしますよ」
ユシスは柔らかく笑う。
「……よかった。あなたの気持ちを改めて聞くことが出来て。これで心置きなく婚約発表できます」
「ええ、そうね!」
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