上 下
7 / 73
結婚生活

誘惑の香

しおりを挟む
「ところで今日は、頼み事があると言っていらしたけど、どうなさったのかしら」

問いかけてくるアマンダに、セレーネは真剣な表情で口を開いた。

「──エルゲンを誘惑するための香を作って欲しいの」
「は?」

ポカンと口を開くアマンダに、セレーネはドレスの裾をぎゅっと握り、ぽつぽつと言葉を零した。

「……前にも少しお話したことがあるけど、エルゲンが全然私に手を出してくれないの。どうしてなのかたくさん考えたわ。私の身体が彼にとって魅力的じゃないのか、とか。顔が好みじゃないのかしら、とか。全部エルゲンに聞いてみたけど、エルゲンは違うって否定するの」
「……あなたが魅力的に見えないのなら、この国の女のほとんどが魅力的に見えないってことになるわよねえ」

アマンダはぽつりと言って、セレーネの悩ましげなその表情をじっくりと観察した。癖のある淡い金髪に、澄み渡る海のような瞳。小さくぽってりとした唇に、まろやかな白い頬。セレーネほどの美貌の持ち主はなかなかいない。そんな彼女が魅力的ではないと感じる男がいたら、アマンダはその男の顔が見て見たいと本気で思った。

「それで私考えたの。顔も身体も関係ないのなら、あとは何が足りないのかって」
「それが香りってこと?」
「ええ、そう」

真剣な表情で頷くセレーネに、アマンダはほんの少し考えるそぶりを見せて、閃いたように顔をあげた。

「それで私に、あなたの旦那様を誘惑するような香りを調合して欲しいってことね?」
「そうなの。お願できない?」
「あなたの頼みだもの。もちろん受けるけれど。エルゲン様のお好みを知らないことには調合は難しいわね」
「エルゲンが好きな香り?」
「ええ。さすがに嫌いな香りでは誘惑する以前の問題になってしまうから」
「……分かった。それとなく聞いてみるけど……」
「あら、何か問題が?」

問いかけるアマンダに、セレーネはぎこちなく頷いた。

「エルゲン、これから少し忙しくなりそうなの。だから、少し難しくなるかもしれないわ」

エルゲンが「忙しくなる」と言うと、大抵本彼は忙しそうに朝も夜もなく屋敷を出入りする。ほんの少しでもセレーネとの時間を取ろうとしてくれてはいるのだろうが、それでも敢え無く一言二言を交わすだけになってしまう時もあった。

彼が忙しい時は、大抵そんな感じになるので、セレーネはそんな短い時間の間で彼の好きな香を聞き出せるかどうか不安に思った。

アマンダは少し考えた後「ああ……」と何かを思い出したように手を叩いた。

「そういえば、そろそろ聖女選定の時期だったのではないかしら」
「?」
「ああ、そうねえ。セレーネはまだ若いからお知りでないのだわ」

アマンダはほんの少し遠い目をした。

「聖女選定っていうのは、50年に1度行われる聖女を選定するための儀式のことなのよ。……あと1か月もしたら、今の聖女様が隠居を宣言なさって「聖女選定」の布告が国中に渡ることになるのではなかったかしら。知り合いに神官様と親しい方がいて、その方からお聞きしたことだから、定かではないのだけれど」
「……聖女様。本当にいらっしゃるのね」

この国に「聖女」という存在がいることは知っている。だけどその存在はエルゲンが神官長を務める王都の大神殿の奥にあって、あまり表に出てくるような存在ではないので、皆、「聖女」が普段いることを意識しないのだ。

「聖女様の選定ってどうやってするの?」

セレーネの問いかけに、アマンダはほんの少し戸惑うような表情を見せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています

八神紫音
BL
 魔道士はひ弱そうだからいらない。  そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。  そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、  ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

男主人公の御都合彼女をやらなかった結果

お好み焼き
恋愛
伯爵令嬢のドロテア・ジューンは不意に前世と、そのとき読んだ小説を思い出した。ここは前世で読んだあの青春ファンタジーものの小説の世界に酷似していると。そしてドロテアである自分が男主人公ネイサンの幼馴染み兼ご都合彼女的な存在で、常日頃から身と心を捧げて尽くしても、結局は「お前は幼馴染みだろ!」とかわされ最後は女主人公ティアラと結ばれ自分はこっぴどく捨てられる存在なのを、思い出した。 こうしちゃいれんと、ドロテアは入学式真っ只中で逃げ出し、親を味方につけ、優良物件と婚約などをして原作回避にいそしむのだった(性描写は結婚後)

婚約者が妹と浮気してました!?許すはずがありません!!

京月
恋愛
目の前で土下座をするのは私ことディーゼの婚約者ハルド、そして実の妹であるロルゼだった。 「「頼む(お願い)!このことだけはあの人に言わないでくれ(言わないで)!!」」

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

舞台装置は壊れました。

ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。 婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。 『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』 全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り─── ※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます 2020/10/30 お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o))) 2020/11/08 舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

処理中です...