『ショート怪談』訪れるもの

窓辺の猫

　今日も残業で遅くなった。ココ最近、繁忙期だからを合言葉に皆帰らない。勘弁して欲しい。
　体力の限界である。さっさと寝ようと風呂を済ませてベッドに入った。
　眠気が襲ってくる中、ペットの猫が騒がしくなっていることに気づいた。ここ数日、毎日のように窓際で唸り声を上げているのだ。
　私は眠りを邪魔されることにイライラしながら、さすがにこう連日続くのは何かあるのではと思い、猫の様子を見に行くことにした。

　庭の見える窓の縁で、外へ向けて唸っている猫。カーテンを閉めているので、外の様子は分からないはずなのだが。


　一応カーテンを開けると、窓の外には暗闇が広がっていた。何も特別なことはない。日が落ちたいつもの庭だ。
　ただ、夜の静けさが何かを予感させるような気がした。
　猫は窓辺で身を乗り出し、不安げに鳴いている。こんなに鳴く子ではなかったはずなのだが。
　何か異変があるのではないかと思い、窓の外をじっと見つめた。

　すると、突然、遠くの方からかすかな音が聞こえてきた。
　足音のようだが、重装備の軍人の足音のように聞こえた。
　私は理解のできない不安感に包まれ、心臓が高鳴り始めた。
　なんでこんな音が夜中に響いている？誰かいるのか？

　疑問が膨らむ間にも足音は大きくなってくる。

　その音が近づいてくるにつれ、私の背筋はゾクゾクと寒気で震えた。

　そして、その音が窓の近くまで迫ってきた。私は恐怖に顔を歪め、足音に耳を澄ませた。
　音はますます大きくなり、不思議なほど部屋中に響き渡った。私は我慢できず、声を荒げて叫んだ。

「誰だ！？」

　すると、突然、電気が消え、窓ガラスが割れた。
　私は目を見開き、猫を抱えて後ろに下がった。ガラスの破片が床へ散らばっていく。恐怖に身を震わせながら、私は猫を抱えてソファの後ろに身を隠した。

　窓際からまた音がする。何かが這いずるような音、ガラスを踏み割れる音、ぽたぽたと水が滴る音。
　そして、何かボソボソとした声のようなものが聞こえる。
　私は息を潜め、声の主が誰なのかを探った。しかし、暗闇の中では何も見えない。声だけが私の耳を襲い続けた。

「ここにいるのよ。ここにいるのだから。ここにいるの」

　その声は女性のものだった。しかし、その声のトーンはどこか異様で、ノイズの混じったような不快な声だ。直感的に人間では無いと感じた私の背筋に寒気を走らせた。私は震えながらも、何とか声の主を特定しようとした。

　すると、突然、音が私の近くで止まった。ガタン…。私は震えながらも、勇気を出してソファの後ろから顔を覗かせた。

　すると、私の目に飛び込んできたのは、青白い顔をしたガリガリの女性だった。彼女は怖ろしい笑みを浮かべながら、私に向かって近づいてきた。

「一緒に遊ぼう、ねえ？」

　私は恐怖に怯えながら、彼女の言葉に耳を疑った。彼女の存在に対する恐怖が最大限に高まり、私は絶望に打ちひしがれた。

　そして、それから何が起こったのか、私の記憶は途切れてしまった。ただ、その後、私は病院のベッドで目を覚ました。
　丸一日寝ていたらしい。連絡もなく出社してこない私を心配した先輩が家に来てくれたらしく、床で倒れている私を心配して病院まで連れてきてくれたのだそうだ。
　医師に確認してみたが、私の部屋には私以外誰もいなかったという。
　しかし、窓のガラスは確かに割れていたと。

「イタズラか何かじゃないですかね？」
　イタズラ、だったのだろうか？
　だとしたら随分と手の込んだことをする輩もいるものだ。
　鼻で笑って終わらせたいが、あれが生きた人では無いと私は何故か確信している。

　私はその夜の出来事を思い出し、恐怖に震えた。あの女性は一体何者だったのか、私に何をしようとしたのか。それは永遠の謎のまま、私の心に深く刻まれた。

　ちなみにあの日以来、猫は今も夜中の1時に窓辺で唸っている。