77 / 111
第76話 バスルーム
しおりを挟む気になっていたことを聞き忘れたけど、これからいつでも会えるし聞ける。そう思ったらなんでもなかった。
僕はこの日、これまでにないくらい集中して勉強できた。3年生のうちに予備試験を突破してみせる。今回の二人の姿が、僕に未来を見せてくれた。この道を選んで良かったと心から思ってる。
帰省がいよいよ来週に迫ってきた。夜行バスで帰る。そっちには早朝に着くとばあちゃんには伝えてある。正月以来だから楽しみだな。
――――ところで。晄矢さんのこと、どこまで話そう。
内緒にしててもばあちゃんは鋭いからなあ。いやあ、照れちゃう。
その晄矢さんなんだけど、今日はこれから城南法律事務所に行く。
秘書さんやパラリーガルさんたちも交代で夏休みを取るから人手不足なんだって。こちらも久々で嬉しいや。
ガラス張りのエントランスを抜け、吹き抜けのロビーに出る。ここは商業施設なので、ブティックやレストラン街になってるんだ。
そこから事務エリアへ抜けて専用エレベーターで10階へと上がる。
――――約ひと月ぶりか。なんだか緊張するな。
スーツは城南家に置いてきちゃったから、今日は大学やバイト先に行ってる服で来てる。非常に場違いな感じで13階の晄矢さんの部屋に向かった。
城南法律事務所の執務室は、透明性を謳い、廊下側の壁がガラスになっている。中でなにをしているのか一目瞭然。この時も廊下から、晄矢さんがデスクを背にして電話をしている姿が見えた。
仕立てのいい明るい色のスーツ。投げ出された脚が長くて、まるでメンズ雑誌の表紙のようだ。
「ああ、そうだ。じゃあ、よろしく頼む」
僕が入ると、晄矢さんはウィンクを投げ、急いで電話を切ろうとする。そんなに慌てなくてもいいのに。
「お疲れ様。電話、良かったの?」
「ああ、大丈夫。来てくれてありがとう」
早速僕の真ん前まで大股で体を運び、くしゃくしゃと頭をなぜた。会うのはあの公判以来。心臓が勝手に駆け足をしだして困る。
「もう、ただでさえ天パーなんだから」
太い腕をぐいっと上げる。近いっ。そのまま抱き着きたくなる。顔が赤くなりそうで、僕は腕を持ったまま俯いた。
「ふふーん。ね、あそこ、行く?」
「え?」
言われて顔を上げると、晄矢さんが親指を突き出し、ある場所を指していた。
――――バスルームっ!
以前、あそこで濃厚なキスをされたことがっ。うわお、顔から火が出そうだよ。
「あはは、ウソ嘘、冗談だよ」
「ひどいなっ! 僕、本気に……」
晄矢さんの腕をパッと離し、僕は頬ほてらせたまま抗議する。どうしてこうも僕の気持ちをかき乱すのか。
「んー、やっぱり冗談じゃない」
「え?」
ストレートの前髪をさらりと揺らして晄矢さんは踵を返す。今度は晄矢さんが僕の腕を取りバスルームに向かった。引きずられる感覚で後を追う。廊下に誰もいませんようにっ。
「今日は、藤原さん休みだからね」
バスルームのカギを締め、あの時と同じように僕は壁に押し付けられる。
「好きだよ……涼……」
飛び切り甘い声が僕の耳をくすぐる。そして、いつものオーデコロンの香りに包まれて。柔らかい唇に息を奪われた。
8
お気に入りに追加
147
あなたにおすすめの小説
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
時をかける恋~抱かれたい僕と気付いて欲しい先輩の話~
紫紺
BL
大学生になったばかりの花宮佳衣(はなみやけい)は、最近おかしな夢をみるようになった。自分が戦国時代の小姓になった夢だ。
一方、アパートの隣に住むイケメンの先輩が、妙に距離を詰めてきてこちらもなんだか調子が狂う。
煩わしいことから全て逃げて学生生活を謳歌しようとしていた佳衣だが、彼の前途はいかに?
※本作品はフィクションです。本文中の人名、地名、事象などは全て著者の創作であり、実在するものではございません。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
Take On Me 2
マン太
BL
大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。
そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。
岳は仕方なく会うことにするが…。
※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。
貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話
タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。
叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……?
エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。
なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる