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第70話 事件の真相

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 輝矢さんは鳥飼さんが収監された後も、何度か刑務所に足を運んでいたようだ。
 60歳を超えようとしていた鳥飼さんは、このままでは出所しても仕事がなく、本当に人生を牢獄で過ごすことになる。その一歩手前で踏みとどまれるよう励ましていた。

 そのおかげか、刑務所での作業も積極的にやるようになり、模範囚として刑期短縮で出所できたとあった。

――――細かい作業が得意な鳥飼さんは、ようやく本来の自分を取り戻したのかもしれないな。

 だが、事件はその輝矢さんが紹介した石塚製作所で起こった。あらましはこうだ。

 出所後2週間足らずの4月13日。石塚製作所の男性更衣室のロッカーから金品が盗まれた。従業員、横山信二氏の財布から三万円が抜き取られていたのだ。
 更衣室は特に鍵などついておらず、人がいない時は開けっ放し。誰でも(女性でも入ろうと思えば)入れる場所だったが、そこに居合わせたのは鳥飼さんだった。

 横山氏に締め上げられ、鳥飼さんはあっさりと犯行を認める。現金も出てきて、社長はやむなく警察に突き出した。

 ――――現行犯で、しかも犯行を認めてるじゃないか。これをどうやって……。

 それにしても、輝矢さんはショックだったろうな。自分のやってきたこと全て無に帰されたどころか、恩を仇で返されて。
 彼が仕事を投げ出して駆け落ちしたのは、このこともあったんじゃないだろうか……。
 

 だが、この事件に最初に違和感を覚えたのは輝矢さん本人だったようだ。資料にこう記されている。

『鳥飼は服役中、離別していた娘に子供が生まれたことを知った。孫が出来たのだ。娘からは、やり直す気持ちがあるなら会ってもいいと手紙をもらっていた』

 それが、刑務所内での模範囚になった理由だ。そして仕事をして、お祝いを持っていくつもりだったのだと。

『それなのに、何故? しかし尋ねても、鳥飼は沈黙するばかりだった』


 その後を受け継いだのは晄矢さんだ。僕と偽同棲をしていたころ、熱心にこの事件を調べていた。名古屋は、娘さんが住んでいた場所だったんだ。
 石塚製作所にも何度も足を運んだ。社長は残念そうに言ったという。

『熱心で、丁寧な仕事ぶりでした。従業員にも一部にしか素性を言っていなかったけど、誰も彼が前科者なんて思ってなかったですよ。それなのに、残念です』

 しかし、事件が急転直下したのはその石塚製作所でのことだ。晄矢さんは社長との懇談中、その様子を盗み見る1人の女性に気が付いた。
 岩泉洋子。彼女こそ、この事件の真犯人だった。鳥飼さんは、彼女をかばって自ら警察に捕まった。けど、その事実を知るまでは大変な時間と労力が必要だったようだ。

 彼女は小さい子を持つシングルマザー。DVの元夫から逃れていたのだが、見つかって金銭をせびられてた。
 精神的にも経済的にも追い詰められた彼女は、つい鍵の掛かっていないロッカーからお金を盗んでしまった。
 それを見咎めたのが鳥飼さんだった。事情を聴いた鳥飼さんは、深く同情してしまった。同じように幼い子を持つ娘さんの姿が重なったのかもしれない。



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