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第66話 悪い道

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 冷房の良く効いた榊教授の部屋。僕は多分、これ以上ないくらい大きく目を開き、ついでに鼻の穴まで大きくしてたんじゃないかな。とにかく、ぐうの音も出なかった。

「だから、気になっててね。晄矢くんが言うには、君のような優秀な、しかも経済的に恵まれない学生に、弁護士の生活や法律事務所の中身を見せてあげたい、って言うんだけど。どうも本当のことを言ってないようで……」

 そうですね。ホントのことはさすがに言えなかったんでしょうね。僕は心の中で応答する。声が出ないんだよ。

「どうだった? まあ、彼のことだから滅多なことはないと思うが、ホスト代わりの接待とかされなかった?」
「え? い、いえそれはないです」

 なんでそうなるんだよ……。僕の容姿を見てそう考えるのかもしれないけど、それなら普通にホスト雇うだろ。

「それより、晄矢さんは何故僕を指名したのか、教授は聞いてませんか?」

 そこだ。そもそもなんで晄矢さんは僕のことを知っていたんだろう。名前だけじゃない。この大学の法学部で、榊教授を師事していることまで。

「ああ、それは……君のバイト先で会ったと言ってたよ。覚えてない?」

 バイト先? あの頃なら、クビになった居酒屋か? うーん、全く覚えがない。僕はあまりお客様を特定することはないのだけど、晄矢さんみたいな人が来たら、覚えていそうなのに……。

「城南には優秀な調査員がいるからね。君のどこを気に入ったのか知らないけど、調べさせたんだろう。で、偶然にもここの学生だったと」

 そんな偶然あるんだろうか。それに気に入ったって……まさかと思うけど、その時から僕のこと……。なんだか、嫌な感じがする。

「苦労してるみたいだから、助けてやりたくなったんじゃないかな。そういうとこ、晄矢君にはあるから。バイト先でどんなインパクトがあったのか知らないけど」
「はあ……」

 そんなインパクトを残したなんてこと、あるだろうか。それにいくら城南家が資産家でも、苦学生全部を助けてたらキリがないよ。

 とにかく、これ以上のことを榊教授から聞き出すのは無理のようだ。僕はおいとましようと腰を上げる。

「晄矢さんには、とてもよくしてもらいました。祐矢先生にも。弁護士の仕事も見せていただきましたし、美味しいごはんもたくさん頂きました。なので……教授が心配されるようなことはなにも。ありがとうございました」

「そうか? なら良かったよ。うん。城南でバイトなら貯金も出来ただろう。君には期待してるんだ。是非学生のうちに司法試験合格を目指してくれ」

 教授はわかりやすく機嫌が良くなり、僕なんかにお世辞を言ってくれた。彼も彼なりに、学生を悪い道に進ませたのではと心配してたのだろう。

 ――――悪い道か……ある意味そうかも……ううっ。

「ありがとうございます。頑張ります」

 教授の部屋を出ると、むっと暑い空気が襲ってきた。休み中なので廊下までは冷房を入れてないのだ。僕はとぼとぼと図書館に向かう。

『おまえが欲しい』

 晄矢さんが耳元で囁いた声を思い出す。ブルっと体が震える。相変わらず電流が流れたようにぴくりとしてしまう。
 あの後、自分の身に起こったこと、僕は無我夢中だったし、夢見心地でもあったけれど、全部、ひとつひとつ思い出せる。晄矢さんの繊細な指の動きやなまめかしい舌も唇も。僕は……。

『あのメールは彼に頼まれて打ったんだよ』

 ハッとする。晄矢さんはいつから僕を見てたんだ? 最初から、僕を落とすためにあんなバイトを仕組んだのだろうか。
 だったら……だとしたら……僕はまんまとその罠にはまったってことなのか!?



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