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第10話 敬語は禁止
しおりを挟む晄矢さんの部屋に戻ると、僕は大きなため息とともに床に崩れ落ちた。とにかく緊張が半端なかった。
今まで数知れずバイトや奨学金を得るための面接をこなしてきたが、今回のは勝手が違い過ぎた。加えて相対する人物のオーラがすごい。
「大丈夫か。緊張させたね」
優しく手を差し伸べる晄矢さん。僕は思わず手を掴んだが、慌ててひっこめた。
「どうした?」
「な、なんでもないです」
僕は自力で立ち上がる。ふと、妹の陽菜さんの言葉が脳裏をかすめたのだ。
『知ってたわ。晄兄さんがゲイだって』
これは真実かどうか確認すべき案件だ。僕はよろよろとソファーに向かい、ふうと息を吐きながら身を沈めた。
「珈琲淹れてもらおう」
「あ……それは嬉しい」
出口付近に壁付きのモニターがあった。そこのボタンを押し、晄矢さんが珈琲2杯を頼んだ。どうやら1階のキッチンに繋がるらしい。
「欲しいものがあったら、ここを押せばいいから。夜10時くらいまでなら大丈夫。ミネラルウォーターはそこのバスルームにサーバーがあるけどな」
「は……はあ」
そんなのを僕が利用しても大丈夫なんだろうか。コンビニに行きたいくらいだが、正門までいくのが遠い。
「そんな心配しなくても大丈夫だよ。ここにいる人たち、親父以外は味方だから」
根回しはばっちりだ。とは昨日も言っていた。それを信用しないでもないけれど。
5分ほどで珈琲が運ばれてきた。三条さんだ。僕は礼を言って受け取った。美味しそうなお菓子もトレイに載っている。
「あの……ところで、妹さん……陽菜さんが言ってたことなんですが……」
芳醇な香りを舌と鼻で味わうと、不思議に気持ちが落ち着いてくる。僕は向かい合わせに座って珈琲カップを持つ晄矢さんに尋ねた。
「あ? もしかして本気にした?」
『兄さんがゲイだってこと』。これだ。本気にしたというより、気になっている。
「あんなの陽菜のでたらめだよ。俺は男と付き合ったことないし」
でも彼女もいなかったと言ってた。僕はまだ疑いの眼差しを向ける。
「もしそうでも、君の許しなしにそういう行為はしないよ」
そういう行為! 僕はまた過大な反応をしそうになる。そういう行為ってどういう行為? 僕はついこの間見た夢を思い出す。裸になって抱かれていた自分。しかしあのぬるぬるしたものって、自分のどこにそんな情報があったのか……。
――――裸と言えば、晄矢さん、がっちりしてるみたいだけど、脱いだらやっぱりあんな風かな。
っておい、何を考えているんだ僕は!
「どうした? 一人で赤くなったり首を振ったり忙しいな?」
カップを持ちながら目を細め、ふっと鼻で笑う晄矢さん。顔が熱い。
「それより、問題は親父だよな。芝居だって思ってやがる。せいぜい仲良くしないとな」
「え……は……はい。そうですね」
「あ、涼。もうその敬語はやめろ。初日だからと思ったけど、不自然過ぎる。歳の差はあっても恋人どうしだ。敬語は禁止。それと俺のことは晄矢って呼んでくれ」
なんと……敬語は禁止にされてしまった。そんなことが簡単にできるだろうか……。
「これも日給の内だからな」
なんてにこやかに言われたら、従うしかない。僕は戸惑いながらも頷くのだった。
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