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TAKE 39 偽れない思い
しおりを挟む問題なく(少なくとも僕はそう思った)インタビューは終わった。明日の生番組で流れると教えてもらい、スタジオを出た。
「伊織、どうした? 緊張したのか?」
廊下で無口な僕を気にしたのか、享祐が尋ねてきた。僕は慌てて口角を上げ
る。
「あ、いや。うん、そうかも。馬鹿な事言わなかったかな?」
「大丈夫だ。こういうのは煙に巻いた感じがいいんだよ。画面の向こう側も、真実なんてどうでもいいんだから」
そうかもしれない。僕らが真剣に愛し合ってるなんて発表する必要はないんだ。そんなこと告白されたって、向こう側の人達は戸惑うばかりだ。
『そうかもしれない。だったら面白い』。と、話しのネタになってる状態が一番いい。それこそウィンウィンなんだろう。
――――でも、どうして。僕の心にはざらついた砂みたいな感触がいつまでも残る。
享祐のイメージが悪くなることは避けなくちゃ。わかってる。
「享祐……あの」
「なんだ?」
着替えを済ませた控室。帰り支度をする享祐に声をかけた。これからお互い、違う現場(僕はオーディション)に行くことになっていた。
「もし、相手が女優で、それですっぱ抜かれたら……享祐はどうした? やっぱり、煙に巻いた?」
「は?」
何を言い出すんだ。と、言葉にしなくとも顔に書いてある。切れ長の目を見開いて、黒目がちな瞳が動揺している。どうしよう。困らせるつもりはないんだ。
「ごめん。なんでもない。忘れ……」
「いや、違うんだ。考えたことなかったから。女優を好きになるってことも、あり得ないし。でも……」
僕はリュックを背負ったまま、享祐の言葉を待った。
「でも、伊織が公表したいのなら、俺は構わない」
え……。予期せぬ返事に今度は僕が動揺した。そんなつもりで聴いたわけじゃない。僕はただ……。僕が男だから、本当のことが言えないのかと。
――――違う……僕は、そうしたいんだ。享祐が思ってる通りなんだ。
「ま、まさか。そんなわけないだろ? 女優さんなら言い訳できないし、どうすんのかと思っただけだよ」
笑おうと思うのに頬がひきつる。神様、どうか僕に演技をさせて。これでも俳優なんだから、自然な笑みに……。
「伊織……」
僕の頬に暖かいものが流れてきた。頬に伝わるそれを僕は止められない。享祐が腕を伸ばし、親指で涙を拭った。
――――抱きしめようとしてる。その腕に飛び込みたい。
でも、危険だ。ここは今すぐ誰がドアを開けてきてもなんら不思議じゃない。涙ぐむ僕を抱きしめていたら、さすがに間が悪すぎる。
僕は手を払って後ずさった。
「待て、伊織」
「じょ……冗談じゃない。僕はまだ、これからなんだ。ゲイなんて思われたら困るよ」
思いもしないことが口からこぼれ出る。それなのに大粒の涙がこれでもかと溢れてる。これほど自分を偽れないものなのか。
さっと享祐の腕が引かれた。困惑の表情に、僕はわざと大きく目を開き笑みを見せる。
「もう行かなきゃ。お疲れさまでした」
踵を返し、ドアノブを回す。もしかして強引に引き戻されやしないかと、期待なのか怖れなのか、得体の知れない感情が胸に沸き起こる。
それでも僕は思い切ってドアを開けた。背後から、抑揚のない声が聞こえる。
「ああ……お疲れ」
僕はそのまま廊下をひた走った。
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