5 / 82
幕間 その1
しおりを挟む越前享祐が三條伊織の部屋に突撃した時から遡ること半年前。残暑がまだ厳しいころのこと。
高層マンションの地下駐車場に一台の黒いスポーツカーが滑るように入って来た。
決められたスペースにきちんと停め、大きな体を折り曲げながら降りたやたら脚の長い男。ピタピタのTシャツから逞しい腕と胸が誇らし気に主張している。
サングラスで顔を隠しているが、端正であることは一目で見て取れた。
「ふう、まだ暑いな」
ため息とともにエレベーターホールに向かうのは、人気俳優、越前享祐だ。マネージャーの青木が一緒の時もあるが、今日は一人。郵便物を確認するため、一階で降りた。
――――ん、引っ越しか。
届いていた郵便物を眺めてると、背後で人が右往左往している音が聞こえてくる。
振り向いた視線の先に、電化製品や段ボール箱を運ぶ業者と新しい住人らしき男がいた。
――――あれ、あいつ……。
何度かスタジオで見かけたことがある。最近、色んな映画やドラマに引っ張りだこの若手だ。
モデルのようにすらっとしてスタイルがよいが、元々アクションもやっていたから体躯もしっかりとしている。そのくせ小さくて綺麗すぎる顔はどこぞの王子様のよう。
――――三條……伊織とか言ったかな。そうか、ここに越してきたんだ。
越前は、ドラマやCMで彼を知った。演技も容姿もいいが、何より生き生きと仕事をしている雰囲気に好感が持てた。自分も若い頃はあんな風に輝いていたかと、懐かしくも感じた。
その三條、自分のドラマ撮影やバラエティー番組のスタジオで姿を見せることがあった。
最初は偶然かと思ったが、何度か重なることで俄然気になりだした。いないと探してしまうこともあった。
そんな彼が自分のマンションに越してきた。
――――追ってきたとか? まさかな。
それから約半年、エレベーターホールで彼と会うことはなく時が過ぎた。お互い忙しかったし、越前はロケで長く部屋を空けていたから仕方ないが。
そんな時だ。この話がきたのは。
「どうします? 越前さんが冒険する必要ないとは思うのですが……」
「そうね。越前君の判断に任すけれど」
既にそれなりの地位を芸能界で築いている越前。仕事も途絶えることなく順調すぎるほどだ。役柄を選ぶ権利はあるだろう。
原作ありきの実写化は、話題になるがリスクがある。しかもゲイの役。事務所もマネージャーも難色を示した。
「いや、だからこそ冒険したいな。世界が寛容になって来たと言っても、ブームみたいな面もある。それを普通のこととして提示するのがこの小説のテーマだ」
看板俳優にそう言われてしまえば、反対するものはいない。監督も意欲的作品を多く世に出す鬼才、林田和樹だったため、悪くない選択だろうとも思われた。
「ただ、一つだけ条件があるんだ」
越前は口角を上げ、胸の前で組んだ指をパキパキと鳴らした。
1
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
幸せのカタチ
杏西モジコ
BL
幼馴染の須藤祥太に想いを寄せていた唐木幸介。ある日、祥太に呼び出されると結婚の報告をされ、その長年の想いは告げる前に玉砕する。ショックのあまり、その足でやけ酒に溺れた幸介が翌朝目覚めると、そこは見知らぬ青年、福島律也の自宅だった……。
拗れた片想いになかなか決着をつけられないサラリーマンが、新しい幸せに向かうお話。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
恋した貴方はαなロミオ
須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。
Ω性に引け目を感じている凛太。
凛太を運命の番だと信じているα性の結城。
すれ違う二人を引き寄せたヒート。
ほんわか現代BLオメガバース♡
※二人それぞれの視点が交互に展開します
※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m
※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です
フォークでよかった
きすけ
BL
ケーキバースが出現し始めた世界でフォークとケーキだったパートナーの二人。
自分の正体がどんな怪物だろうと、心から愛するケーキを食欲なんかで手にかけるはずがない、そう強く確信していたフォークの話。
目標、それは
mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。
今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる