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第2部
第101話 羞恥心は時に快楽を呼ぶ
しおりを挟む大晦日。夕方から降り始めた雪が、暮れていく街を白く染めているころ。僕はクローゼットの鏡の前でため息をついている。
「倫、まだか? まだ着てない?」
リビングから、まるで盛りの付いた犬と化した佐山の焦れた声が聞こえてくる。さっきからもう、3度目だ。
「今行くから、待ってて」
誕生日にプレゼントされたエプロンを身に着ける。色はモノトーンで渋いけど、下の部分がふっくらとしててそのギャップが洒落ている。普通に付けるのなら、何の抵抗もない。だけど……。
――――うう……マジか。いや、これも約束だ。
僕は意を決してビキニパンツを脱いだ。上は言うまでもなく素肌だ。そう、これが世に言う『裸にエプロン』。
事務所のパーティーで、発表されたレコ大の受賞。マイナージャンルながら、音楽界に大きな一石を投じた。というのが、受賞理由だ。
特別賞はメジャーのじゃないから登壇することはなかったけれど、全国放送で佐山の受賞インタビューとCDが紹介された。もちろん事務所初だし、このジャンルで初めての快挙だ。
僕は心から誇らしいし感動してる。だからこそ、この約束は守らなければ。パーティでもあいつは抱き合いながら、僕の耳元にこう囁いた。
『ついに俺の野望が叶えられる日が来た! 裸にエプロン! 忘れてないよな?』
言いたいことはそれだけか。僕がそう思ったのは言うまでもない。
「あの、佐山……」
僕は恐る恐るリビングへと歩を進ませる。
「わっ! なに?」
リビングに入った途端、シャッター音。佐山の掲げるスマホに撮られてしまった。
「何してんだよっ! 記録に残すなっ」
「え、なんで? 俺の頭の中だけじゃ勿体ないよ」
「勿体なくない! おまえの記憶だけにしろよ」
僕はあいつのスマホを取り上げ、削除する。これを残されるなんて末代までの恥だ。
「ううん。残念。でも、いいや。俺の海馬域に刷り込む」
なんか、それもやだ……。
「ね、ね、キッチンに立って。なんかそれで料理してくれ」
ああ、どこまでも変態な奴。キッチンに立ったら、僕のなんにもつけてない後ろが丸見えなんだよ。泣きたい……。
「わかったから……ちょっとだけ目を瞑っててくれ」
瞬間不服そうな顔をしたけれど、逸る気持ちに負けたのか、目を瞑ってくれた。代わりに鼻の穴が盛大に開いてたけど。
僕はキッチンに立ち、本日のおかずを作る。ま、大晦日だし、うどんすきにでもしよう。冷凍うどんを出して……。
「ひええっ」
料理のこと考えてたら、一瞬だけど自分の身のことがお留守になっていた。あいつがいつの間に目を開けたのか、僕の背後に迫っている。
「可愛い……倫のお尻の上から、リボンがゆらゆら揺れて……俺もう、我慢できない」
佐山は僕を背後から羽交い絞めするごとく抱きしめてきた。少し寒かった僕の体は瞬く間に熱く火照る。あいつの股間で固くなったものが僕のお尻に当たると、それと分かるように押し付けてきた。
「感激だよ。俺の願いをかなえてくれてさ」
唇を僕の首筋に這わしながら、そう囁く。
「願いを叶えたのはおまえだよ。僕も喜んでいるんだ」
「そうか? じゃあ、たまにやってくれるか?」
「調子に乗るなっ」
――――あっ……。
僕が体を反転したその時、あいつは僕の唇を塞ぐ。逞しい腕と厚い胸板に囚われて、僕は全く動けない。あいつの艶めかしい舌に触れたら、僕は珈琲に浮かべたクリームのように溶けていくよ。
僕が十分にメロメロになった後、佐山はもう一度僕に後ろを向かせた。そしてあいつは裸にエプロンの醍醐味を十分に堪能すべく邁進した。
僕ももちろん……恥ずかしいくらい楽しんでしまった。羞恥心は時に、快楽に結びつくんだね。
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