上 下
201 / 208
第2部

第95話 生きやすい場所

しおりを挟む


 焼き肉と言ってもそこらにあるチェーン店ではなく、会員制の高級焼き肉店をチョイスする。少なからずテンション上がるね。
 別にハリウッドから仕事が来たからってわけじゃないし、レコ大にノミネートされたからでもない。

「巧、すごいな、こんな高級焼き肉店、初めてきたよ」
「タイアップ契約できたおかげです。CMは本当にありがたいんです」

 さすがに車は来なかったけど、この店でも使える招待券をもらったんだよ。ホントに最高のタイミングだった。やっぱり大手は違う。

 佐山も最初は乗り気じゃなかったけど、最高級ロース肉の登場に、我を張るのを辞めたらしい。めっちゃ子供に戻ってはしゃいでいた。そうしたかったんなら、さっさとすればいいのに、変なとこ頑固だよな。

 僕らはこの日、お父さんのお墓参りを一緒にしてからこの店に来た。お墓は都内の有名な墓苑にあって、元お金持ちだからなのか敷地も広くて立派。
 そこを3人で綺麗にしてきた。僕はここにようやく来れて、ご挨拶出来たことが素直に嬉しかったよ。



「そうなんだ。ロスに。益々すごいことになったんだな。いや、素直におまえを信じてなくて申し訳なかった。危うくおまえの輝かしい未来を葬るところだったよ」

 油で汚れた眼鏡を拭きながら、お兄さんは申し訳なさそうに言う。

「ふざけんな。兄きの言うことなんか端から聞く気なかったしな。それにかえって頑張れたよ。今に見てろって」

 肉を頬張りながら佐山。嘘でもないだろうけど、おまえが自分の意志を貫くのはわかる。ただ、『今に見てろ』っていうのは盛ったんじゃないかな。いい意味でも悪い意味でも、おまえは周りの雑音を意に介さないから。

「海外で暮らすのに、なにかアドバイスとかありませんか? 僕ら、長期滞在は初めてで」
「いやあ、僕も米国は旅行くらいで。でも、簡単な法律とかは抑えておいた方がいいですよ。思いも寄らない条例とかありますから」
「あ、なるほど。そうですね」
「そうだ。あそこなら同性婚もできるんじゃないですか?」

 え? お兄さん、それはまた物凄いとこ攻めてきましたね。こういう天然なところは兄弟なのかな。

「馬鹿か。あっちに国籍ないとだめだろうが。簡単に言うなよな。最低5年はあっちに住んで、税金納めてなきゃいけないのに」
「佐山……おまえ」

 箸を落とすほど驚いた。同性婚はおろか、アメリカ国籍取得の条件なんて僕は知らない。向こうで生まれたら結構簡単に取れて、同級生にもいるけど、それ以外は知らなかった。なのにすらすらと答えるなんて、調べてたのか?

「あ、アプリの先生に聞いたら教えてくれたんだよ。それだけだから……」

 素で驚く僕に、佐山は慌てて言い訳をした。それ、嘘だよな。おまえ、調べてくれたんだ。僕とのこと……マジで真剣に考えてくれてるんだな。
 僕は法律的な繋がりには拘らないけど、おまえの気持ちが有難くて嬉しいよ。

「あ、巧、すまない。失言だった」
「だよ、ホントに。……でも、気に入ったら永住もありだなあ。LAは、レコーディングで一度だけ行ったことあるけど、いいところだった」

 佐山が言うのは、サポート時代でお供したときのことだ。残念ながら僕と出会う前の話なので、僕は知らない。
 思わぬお兄さんの勇み足で、ちょっとだけ場は荒れたけど、なんとか軌道修正できた。その後は、ロスでの生活や会社の話で盛り上がり、会食は無事終わった。



 帰りの電車は空いていて、僕らは並んで座った。佐山は少し赤らんだ顔で、うとうと眠っているようだ。
 僕はあいつの行儀よくおかれた左手にそっと自分の右手を触れさせる。ぴくりとあいつの指が反応したように思えた。

 ――――永住か。おまえが本気で考えているのなら、僕にも異存はない。でも、結婚のためだけなら必要ないからな。おまえが生きやすいところで生きていけばいい。僕にとって、そこが生きやすい場所なんだから。

 寝たふりをして、僕はあいつの肩に頭を乗せる。するとすぐに、あいつの頭も降りてきた。地下鉄でこんなに無防備でいられるのは日本だけだな。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悲哀人形日記 

龍賀ツルギ
BL
水樹ツカサ16歳の平凡な高校生だった。 自堕落な父親の残した借金返済の為に、学校も中退して、借金相手の稲垣家に奴隷奉公に上がる事にされた。 昼は奉公人としてこき使われ、夜には同じ奉公人仲間から性の慰み物にされる日々。 稲垣家には養子として和希と言う16歳のツカサと同じ年の美少年がいた。 和希は主の稲垣太蔵が常に慰み者にするために養子縁組されていた高校生。 ツカサと和希は互いの哀しい境遇を慰めあい、やがて愛しあう様になる。 稲垣太蔵と娘弥子。そして残忍な奉公人たちによって、二人は過酷なSM調教を受ける事になる。 長編では4作品め。 和希とツカサの調教される日々をツカサ目線で日記形式で書いていきます。 文章の事は全く知らない素人なので色々な形式にチャレンジして学んでいきたいですね😺 僕の今までの作品はマゾ調教されるキャラ達は皆、美少年なんですが、ツカサは童顔で平凡な顔立ちの男の子です。 和希は美少年なんですけどね。 僕の作品は複数の少年たちが緊縛されて辱められながら、互いを想い合いながら耐え忍んでいく話。 僕の作品ですからツカサは奉公人時はシャツ、ショートパンツ、白ハイソックスにエプロン。 和希も稲垣家では白シャツ、半ズボン、白ハイソックスです!😺

歪な幸せは月夜の下で構築される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

羅針盤の向こう

一条 しいな
BL
大学生の拓磨は、駆け出しのアーティスト、夜に恋している。友達としての地位は得たが、それ以上は踏め込めない。夜の雰囲気が似ている先輩の梨田と仲良くなり、なぜか同じ学科のオネエの真澄ちゃんに小説のモデルになれと言われて。 日常をテーマのBL。ほのぼののつもり。たまに痛い。不定期更新。やたら、長い話。エッチはぬるい。

[本編終了]余りものオメガのシェアハウス━目指せ!成婚への道━

谷絵 ちぐり
BL
媚びちゃ駄目なんですか? 下手にでちゃいけませんか? おもしれぇってなんですか? こっちだって一生懸命なんです! これはアルファに見初められずに花嫁(婿)学校を卒業した三人の友情努力愛の婚活物語である。 ※ゆるっと設定です ※地名や店名などは架空(と作者が思ってる)ものです ※他の道シリーズと同じ世界線です→これだけでも読めます

誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea
恋愛
───酔っ払って人を踏みつけたら……いつしか恋になりました!? 政略結婚で王子を婚約者に持つ侯爵令嬢のガーネット。 十八歳の誕生日、開かれていたパーティーで親友に裏切られて冤罪を着せられてしまう。 さらにその場で王子から婚約破棄をされた挙句、その親友に王子の婚約者の座も奪われることに。 (───よくも、やってくれたわね?) 親友と婚約者に復讐を誓いながらも、嵌められた苛立ちが止まらず、 パーティーで浴びるようにヤケ酒をし続けたガーネット。 そんな中、熱を冷まそうと出た庭先で、 (邪魔よっ!) 目の前に転がっていた“邪魔な何か”を思いっきり踏みつけた。 しかし、その“邪魔な何か”は、物ではなく────…… ★リクエストの多かった、~踏まれて始まる恋~ 『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』 こちらの話のヒーローの父と母の馴れ初め話です。

一途な執愛に囚われて

樋口萌
BL
「だって約束したから」  一ノ宮蓮にとって歌は心の叫びを伝える一番の方法だ。それだけが生きる全てだった。  実の弟に想いを寄せていた蓮は、その恋心を告げることはもちろん捨てることもできず、歌にしてきた。やがてデビューし、切ないラブソングで有名シンガーとなる。しかし自分が同性愛者だということがある記事によって公になってしまう。否定するつもりも罵倒される筋合いもなかった蓮はそのまま芸能界を去ることにした。  家族からの拒絶、そして今回世間からの批判を背負いながら蓮は姿を消した。  蓮が芸能界を去って五年が経った世間は再び「同性愛」に注目していた。どこかやるせない気分でいた蓮は思わぬ失態により、弟である一ノ宮晴と一夜を過ごしてしまう──。会えなかったせいか、感情のコントロールができず加速してしまう恋心。灼けるように帯びていく熱に身体は正直だった。  一夜の過ちから「別に俺のこと好きじゃないんならいいじゃん」と晴に一緒に住ませるよう脅される。人が変わったような晴に強制的に同居させられることを許してしまって…⁉︎ 甘い誘惑に背徳感を感じながらも身も心も委しまいそうになる蓮だったが…。

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

首輪をつけたら俺たちは

倉藤
BL
 家賃はいらない、その代わりペットになって欲しい。そう言って差し出された首輪を、林田蓮太郎は悩んだ末に受け取った。  貧乏大学生として日々アルバイトと節約にいそしむ林田。いつも懐は寂しく、将来への不安と絶望感が拭えない。そんなどん底の毎日を送っていたところに話しかけてきた謎の男、鬼崎亮平。男はルームシェアという形で林田に住む場所をタダで提供してくれるという。それだけならば良かったが、犬用の首輪をつけろと要求された。  林田は首輪をつけて共に暮らすことを決意する。そしてルームシェアがスタートするも、鬼崎は硬派で優しく、思っていたような展開にならない。手を出されないことに焦れた林田は自分から悪戯を仕掛けてしまった。しかしどんなに身体の距離縮めても、なぜか鬼崎の心はまだ遠くにある。———ねぇ、鬼崎さん。俺のことどう想ってるの? ◇自作の短編【ご主人様とルームシェア】を一人称表記に直して長編に書き換えたものです ◇変更点→後半部、攻めの設定等々 ◇R18シーン多めかと思われます ◇シリアス注意 他サイトにも掲載

処理中です...