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第2部

第82話 出血大サービス

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 『匠の会』コンテンツの一つ、ギター講座を収録した。佐山直々、人気曲のギターテクを披露する。演奏者はもとより、弾かない人にも好評なんだ。
 撮影場所は自宅作業部屋兼スタジオ。便利だけどやっぱり狭い。こいつのために、もっとちゃんとしたスタジオを構えた家に引っ越したいなあ。

「え? 俺はここで十分だぞ。引っ越しめんどいからいいよ」

 と、当の本人は素っ気ない。確かにちゃんとしたスタジオもここからそう遠くないところにあるし。それよりは車が先かな。電車で行くより便利で早いだろう。車と言えば……。

「車のCM、来てたな。受けるんだろ?」

 某自動車会社からCM曲の依頼が来ていた。既存曲での提案も考えたんだけど、佐山は新曲にしたいみたい。車のコンセプトと合わないというのが表向きの理由。でも、実際は違う。

「兄貴の会社のだろ。あいつが何かしたわけじゃないだろうけど、出来合いので誤魔化したくない」

 という、謎の競争心。お兄さんからは、自分は技術者だし主任の身で何かできるわけもない。でも、タイアップが決まったら自慢するとメールが来ていた。

「それに、車、安くしてもらえるかもしれないぞ?」

 という下心もあって頑張ってる。期限はまだ先なので、北海道のレンタカーではここの車を運転する予定。広い北の大地を走らせたら、きっと疾走感のあるメロディーが浮かびそうだ。よね?

『ええっ? 北海道行くの? いいなあ。私も行きたい』

 電話の向こうで叫んでいるのは妹の澪だ。東京にまた遊びに来たいと言ってきたのだが、僕らはいないと告げるとこのリアクション。

「おまえ仕事あるだろ? 僕らは自由業だからな。残念でした」

 スマホの向こうで澪の怒りとも諦めともつかない呻き声が聞こえる。こういう時だけは会社辞めて良かったと思うけど、安定とは程遠い世界だからな。

「澪ちゃん、北海道来ればいいのに。俺は構わないぞ」

 冗談はやめてくれ。クローゼットから旅行用のスーツケースを引っ張り出してる僕に佐山がそんなことを言い出した。

「ホントにいいのか? 僕は妹の前でキスしたりハグされたりは絶対に嫌だ。断固拒否するからな」

 佐山は大きな瞳をより大きく広げた。気づいてなかったんだろうな。

「それは……やだ。お土産買おうな」

 苦笑いしながら口角を上げる。そのしぐさも可愛いや。僕はそんなあいつにひょいと抱きつく。首の後ろに腕を回した。

「うおー! なんだなんだ。今日は出血大サービスなのかっ?」

 大袈裟に驚いて、佐山は僕をぐいと抱きしめる。最近さぼり気味の無精ひげを僕の頬にこすり付けてきた。

「出血はしないけど、サービスしてやってもいい」
「してくれ、してくれ。是非にー!」

 佐山は僕を抱き上げると、すぐそこにあるベッドへと運ぶ。そして二人してそこに倒れ込んだ。マットのスプリングがふわりと僕らをバウンドさせて沈める。

「僕が欲しいか?」
「何を今更。俺はいっつも欲しいって言ってるだろ」

 知ってる。わかってて聞いた。言っておくが、僕もおまえがいつも欲しいよ。おまえと違ってわきまえてるだけだ。

「キスして」

 少しだけ誘う目をして佐山に手を差し伸べる。僕に覆いかぶさるあいつの両目がきらりと光る。色香を放つ唇を僕のそれに重ね、時間をかけて愛撫する。下唇を食み、舌でなぞると、今度は上唇へと移動する。

 そしてその間を割って口の中に舌を侵入させてきた。僕はその淫靡に蠢くものに自分のを絡ませる。あいつの大きな手が顎にかかり、これでもかとねじ込んできた。

「んふ……はぅ……」

 漏れる声と吐息に誘われるように、僕らは深い愛欲の沼へと落ちていった。



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