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第2部
第78話 明かされた過去 2
しおりを挟む淡々と話をするお兄さんは、いつも感情のままでいる佐山とは全く別の人種のようだ。けど、もしかすると佐山の本質は、彼のように静かで感情を表に出さないものだったのかもしれない。
静かに鍵盤と向き合う姿は、あいつのギターに向ける真摯な態度と重なる。本来はそんな、物静かな少年だったのか。あいつが言ったように、『ネクラ』な。
「母が、巧のピアノ教師の元に去ったんです。私たち父子を捨てて。いや、捨てては言い過ぎかな。少なくとも、父親とは話がついていたのだから」
けれど、巧は捨てられたと思ったでしょう。と、お兄さんは続けた。
お母さんの勧めで始めたピアノだった。大きな期待をかけ、佐山はそれに応えてきた。自分も好きであったはずだけど、世界で戦えるくらいだから、努力は大変なものだったんじゃないだろうか。
「それは、佐山が幾つの時ですか?」
「中学生でしたね。俗に言う、多感な時期とでも言いますか。巧は既に有名なピアニストに師事してましたので、その教師にはメンテナンスしてもらう程度だったんですけどね」
佐山の生家は群馬の田舎だ。そこから隔週、都心のピアニストのところに通っていたという。指を守るため部活やスポーツは制限され、毎日数時間を練習に費やす。
あいつが言っていた『ネクラ』というのは、こういう生活から仕方のないことだったんだろう。
「母が何故そんな行動に走ったのか。その頃の私たちには全くわからなかった。弟は、将来を嘱望されるピアニストに着々と育っていた。それを、母も望んでいたはずなのに。それほどそのピアノ教師を愛していたというのも、腑に落ちない」
僕は親になったこともないから偉そうなことは言えないけど、確かにおかしな話だ。
普通、自分の子供が願った通りに成長していったら、それに夢中になって恋愛どころじゃないような気がする。別の意味で家庭を壊すことはありそうだけど。
「でも、最近その理由が何となくわかってきました。帰国して、10年以上ぶりに母に会ったので」
え……。
「待ってください……。佐山のお母さんは、お元気なんですか?」
僕の思わぬ言葉に、今度はお兄さんが怪訝な表情を見せた。僕はずっと、佐山のご両親は亡くなっていると思っていたんだ。
僕の隣で幸せそうな寝息を立てる佐山。さっきまで僕の体に身を沈め、精力の全てを捧げてくれていた。
――――おまえのなかでは、お母さんはもういないものとしてたんだな。僕はそれがいいことなのかどうかわからない。お兄さんのように会えと言う気もないよ。おまえのいいようにするといい。何があっても、僕はおまえの傍にいるから。
僕はあいつの頬に手を伸ばす。起こすつもりはなかったけど、髭がのこる肌に触れたかった。
「んん……」
「あ、ごめん……」
少し触れただけなのに、佐山は目を覚ました。
「いや……。どうした? なんだか様子が変だ。何かあったのか?」
おまえは、僕の少しの変化も見逃さないんだな。昨日よりも今日、今日よりも明日。僕はおまえを好きになる。
「おまえが……好きなだけだよ」
僕はあいつの腕のなかへ顔を埋める。涙を見られたくないのもあった。佐山は僕を優しく抱きしめる。
「奇遇だな。俺もだ」
また、そんな決め台詞を……。何度も何度もおまえが好きになるよ。僕は背中に置いた指に少しだけ力を込める。僕の気持ちが伝わるように。
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