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第2部
第76話 密会
しおりを挟む佐山は暇が嫌いだ。だからかはわからないが、ツアーが終わってから作業部屋で作曲してる姿をよく見るようになった。
僕は事務所に行く日もあるから、別行動なことも多いんだよ。おかげで帰ってくるとめっちゃ迫られる。離れていると、触りたくてたまらなくなるんだってさ。そういう本能に正直なところも好きなんだなあ。えへへ。
けど、僕らには珍しい別行動も、この密会にはとても都合が良かった。
「お忙しいところ、お時間いただきありがとうございます」
「いえ、僕の方こそ。お仕事は大丈夫なんですか?」
平日の午後。サラリーマンのお兄さん、聡さんと新宿で会った。ホテルのラウンジはランチも終わり、時間がここだけゆっくりと流れているようだ。お店に流れる曲も格式高いクラッシック。お兄さんはこういう音楽の方が好きなのかな。
「まだ帰任して間もないので、休みが取れるんですよ、お気になさらず」
佐山は筋肉質でガタイの良さが威圧感を醸しだす奴だけど、お兄さんは丸みを帯びてて柔らかい雰囲気がある。眼鏡の奥の双眸も優しさを湛えてる。
Tシャツにジャケットといったカジュアルな格好だけど、ザ・会社員って感じは否めない。そこはフリーランスなミュージシャンとは圧倒的に違うところだ。
「テレビを見てたら、巧の曲が流れてきたりして、本当にすごいなと思ってるんですよ。あいつには、今更って言われてしまいそうだけど」
今回のアルバムからは二曲、タイアップされた。スポドリともう一曲は、有料放送のドラマ。それに楽曲提供したのもCMなんかで使われたりしてるから、意外と聴けるんだよね。
作曲者なんて気に留めない人が多いけど、お兄さんが気が付いてくれて嬉しいな。
「いえ。ソロになってからの飛躍は、僕ですら信じられないくらいです。佐山は本当に天才だから……」
「巧が天才なのは私も重々知っているところです。だから、ピアノを辞めてしまった時には本当に残念で」
「それは……どういうことでしょうか」
「え? いや、あいつからはそこのところ聞いてないですか?」
ピアノをやってたこともつい最近知ったばかりだ。それも『匠の会』レベルの内容で。始めたきっかけも、技量も、辞めた理由も想像するしかない。
「詳しくは……。佐山は過去のことをほとんど話してくれなくて。ご両親のことも、お父さんが高校生の時に亡くなられたことぐらいしか知らないんです」
「そうですか……」
「でも、あいつは最近、それを少しずつ話してくれようとしています。それに、僕は過去にどんなことがあっても、それを全部ひっくるめて佐山のことが好きだから」
言いながら、不思議と恥ずかしく思わなかった。お兄さんを前にして、好きだと言うのはどうだろうと思いもしたけれど、はっきりと言いたい気持ちが強かった。
「巧は……弟は幸せですね。あの日、ライブの後で巧に会った時、言ってました。市原さんと人生を共にするんだと。誰にも邪魔はさせないって。邪魔するつもりなんてないのに。私のことを、敵扱いだから……子供っぽいところは相変わらずだ」
僕と人生を共にする。お兄さんの前だと言うのに、僕は涙が出そうになってしまった。もちろん、僕もそう思ってるし、あいつの気持ちもわかってる。
だけど、それを佐山の家族に宣言してくれることは、やっぱり嬉しいんだよ。愛おしい思いが満ちていく。それがあふれて、瞳から零れ落ちるのを僕は必死で耐えた。
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