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第2部

第72話 目玉焼き

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 佐山の色気に文字通り骨抜きにされ、僕はリビングのソファーに倒れ込んだ。
 朝から随分濃厚なセックスに興じてしまった。あの型板ガラスの向こうに浮かび上がる佐山の裸体。飛びつかずにはいられなかったんだ。

「気持ち良かったなあー」

 あいつは腰タオルに乾ききらない髪のまま、リビングにやってきた。伸びている僕とは違ってまだまだ元気そうだ。あいつの体力はいったいどうなってるんだ。

「あれ、伸びてんのか。ふふん。修行が足らんな」
「うるさいな。おまえみたいなのと付き合ってる身にもなれ」

 割と本心だ。

「褒め言葉として受け取っておこう」

 褒めてない。

「じゃあ、朝食は俺が作ってやろう。寝てていいぞ」
「それは助かるな。頼むよ」

 佐山はタオル一枚のまま、キッチンに立つ。できればパンツくらいは穿いてほしいものだ。そのうち珈琲のいい香りがしてきた。今朝はアイスでいきたいな。



 パンと目玉焼き。それにトマトサラダが盛ってある。いつも思うんだけど、佐山って盛り付けのセンスもいいんだよな。どういう差なんだろうな、これは。

「あのさ……」


 目玉焼きの黄身を潰しながら、僕はようやく口火を切る。

「お兄さんと、どんな話した?」
「え? 気になるのか?」
「なるよ。お兄さんは凄く嬉しそうだったのに、おまえの様子……」

 あいつはトーストにバターを塗っている。さっきまでの上機嫌な表情が、少しだけ曇った。

「心配することない。俺らはこんな感じなんだよ。昨日はなんだか感動してたみたいだけど、ずっと俺に『いつまでも夢みてんじゃない。まともな仕事に就け』って言ってたんだぜ」
「それは……まあ、家族ってそんなもんだから」

 僕もおまえのマネージャーになるとき、散々な言われ方したよ。
 おまえはそんな嘲笑を自分の力でねじ伏せたんだ。胸張ればいい。過去のことなんて、いつまでも拘る必要はないじゃないか。

「ちょっと売れ出したからって、手のひら返すみたいで不愉快だったんだよ」

 子供みたいなこと言ってるな。いや、お兄さんの前では子供なのかもしれない。僕以外で、自分の感情を露わに出来る存在だ。しかも複雑なコンプレックスとかありそうだし、これは性急に事を進めないほうがよいのかも。

「ふうん。ま、ゆっくりやればいいよ」
「ゆっくり? めんどくせえ」

 ふんっと鼻をならし、目玉焼きを乗せたトーストをバクバクと口に放り込んでいく。

「お兄さんには、僕のことどう説明してんだ? その、公私ともにって言ってたけど」

 兄弟仲はともかく、僕自身のことは知っておかなければ。大体、お兄さんは佐山がゲイだってこと知ってんだろうか。

「え? そりゃもちろん。俺の大事な人だって言ってあるさ。音楽も人生も、倫がいなければ何も成り立たない」
「そ……か。ありがとう」

 みなまで言わないけど、そういうことなんだろう。佐山の様子から、僕を拒否されて怒っているのではないとわかる。
 なんだろう、恥ずかしいわけじゃないけど、なんだか背中がもぞもぞする感覚。

「どうした? また欲しくなったか?」
「はっ? あほか」

 呆れて佐山の顔を見ると、唇の横に黄身が付いている。ふふっ。可愛いな。

「動くなよ」

 僕がすっとあいつに顔を寄せると、佐山は驚いて身構える。舌でぺろりと黄身を舐めた。

「なんだっ! 可愛すぎかっ」

 あいつは大げさに驚いてみせ、僕に体ごと突進してきた。

「俺の目玉焼き返せっ」
「うわっ……んんっ!」

 あいつは僕の唇を自分ので塞ぎ、舌に残る黄身を根こそぎ拭おうと奮闘する。
 もう黄身なんか残っちゃいない。僕はおまえの柔らかくもしたたかな舌を感じながら、満ち足りた想いに包まれた。



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