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第2部

第67話 二人でひとつ

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 この間事務所に寄ったとき、僕は佐山抜きで水口さんと話をした。佐山と懇意のプロデューサーが声をかけてきたので、ちょうどよかった。

「先日はお手数おかけしました」
「え? ああ。元々こちらがお願いした子だからね。こっちこそ申し訳なかった。それに市原さんに何かあったら、佐山君に殺されかねませんからね」

 と、冗談ぽく笑う。いや、それは言い過ぎ……でもないかも。

「それで……彼は黙って引き下がったんでしょうか。その、佐山が恨まれてるんじゃないかと……」

 恨まれてるのは僕もだろうな。逆恨みもいいとこだけど。

「それは心配ないですよ。そんなへまはしません」

 サラサラヘアが目にかかるのを嫌うように、軽く首を振ってずらす。なんだろう、背筋がぴくりと反応した。

「あ、はい。佐山も、だからお任せしたのだと思ってます」

 隙の無い人だ。多分、この人は僕が思っている以上に怖い人なのだ。物腰の柔らかさとは真逆な目力の鋭さがそれを物語る。

「うん。佐山君もちゃんとわかってて、私は嬉しかったです」
「はあ」
「八神のベーステクはご存じの通りですが、彼の素行の悪さも承知してたので、正直遅かれ早かれこの事態は予想してました。そもそも、お二人の仲を裂こうなんて、エベレストの攻略より難しいことに挑戦したんですから、若いよねえ」

 口元に笑みを湛えながらそんなセリフを口にする。僕はなんて返していいのか迷ってしまう。
 エベレスト攻略……。だからあえて、彼を佐山のサポートに付けたんだろうか。最悪のことにはならないと思って……。それはちょっと心外。

「とは言っても、市原さんには無用な心配をかけてしまいましたね。改めて謝罪します」
「いえ……僕は、佐山を信じてますから」

 信じてはいたけど、怖かったのも本当だ。

「彼の件は社長マターだったので、私も慎重でした。今は社長付きのアーティストってことで、私が目を光らせているので安心していてください」
「承知しました」

 そうか、事務所を解雇にはしてないんだ。僕は逆に安心した。完全に退路を断ってしまうと、とんでもないことが起こるかもと恐れていたから。



 今回のことで、改めて水口さんの賢さと事務処理能力に感服した。この人と出会えて、僕らはラッキーだったな。ソロアーティストとしてスタートして、今、順風満帆でいられるのは、彼の力も大きかったのだと今更ながら思う。
 彼を付けてくれた社長にも感謝だ。それだけ、佐山に強く思い入れしてるってことだけど。


「水口さん? うん、細かいことはお任せだよな。ホント頼りになるよ。だけど……」

 僕の作ったハンバーグを賞味しながら、佐山が続ける。

「あの人、あんたのことは『さん』付けなのに、俺は『君』呼びなんだよな。どういうことだよ」

 あ、それやっぱり気になってた? うん。僕もずっと気が付いていた。

「いや、親しみを込めてじゃないか?」

 言ってみたが、そんなことは絶対ないってわかってる。水口さんは佐山にミュージシャンとしてだけでなく、社会人としての責任も持ってほしいと思ってるんだよね。でも、そこの部分は僕が請け負ってるから……。

「んー。まあ別にどっちでもいいけどな。ハンバーグ、旨い」

 子供のような笑顔を僕に向ける佐山。僕は甘やかしすぎなのかな。でも、ここぞというときは、僕よりもずっと潔い判断と強い決断力でブルドーザーみたく実行してくれる。

「僕らは二人で一つだから、今のままでいいよな」
「え? ああ。これ食い終わったら一つになろうな」

 いや、そうじゃない……。でも、まあいいか。僕は曖昧な笑みを浮かべながら、肉を口に放り込んだ。



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