上 下
170 / 208
第2部

第64話 お兄さん

しおりを挟む


 東北新幹線の窓の向こう、美しい山なみが延々と続いていく。山の名前は知らないが、幾重にも重なった稜線の際立った姿に目を奪われる。
 季節はまだ秋の入口だから雪はないけれど、太陽の光が緑を一層輝かせていた。

「お兄さん、もう帰国したのか?」
「ああ。先週かな。連絡があった」

 先週。夜中の電話か。あれは帰国する前だったのかな? それともわざと深夜?

 佐山はようやくお兄さんのことを話し始めた。チェックアウトの時間になってしまったので、帰路に着きながらも取り調べ中だ。
 3才違いのお兄さんは、つい最近までドイツに海外赴任中だった。自動車会社に勤務してて、5年間海外だったと。大企業の会社員だったのには少なからず驚いてしまった。

 佐山がお兄さんと疎遠になったのは、何も海外赴任だけが原因じゃない。お父さんが亡くなった時、佐山は高校生でお兄さんは大学卒業間近だった。
 佐山は決まっていた大学進学をやめ、ミュージシャンになる決意した。もちろんお兄さんは大反対。でも、佐山は勝手に家を出て、音楽活動しながらバイトの日々を送る。

「俺はあいつの世話になる気はなかったし。実家にも一切帰らなかった。電話番号だけがあいつと繋がってたけど、ほとんど出なかったんだ」

 変なところに意固地なやつだな。ホームレスギリギリまでいってたみたいなのに。まあそこはタフだから、気にもしなかったのかも。
 でも、ここでまた僕は首をひねる。3才からピアノを習い、コンクールで何度も入賞していた子供時代と、タフでホームレスも辞さない姿がどうにも重ならない。まるで別人だ。

「ああ、それはさ。俺んち元々金持ちだったんだけど、親父が事業に失敗して普通の家庭から最後はマジ貧乏人まで落ちたんだよ。兄貴も俺も奨学金頼みの大学進学でさ。親父が生きてるうちは、大学行くのもアリかと思ったけど、死んじまったから。音楽目指すのに大学行かなくてもいいかって考え直したんだよ」

 と、佐山。なんとなく、わかったようなわからないような……。

「そろそろ触ってもいいかな……」

 佐山が肘掛けに置いた僕の指に触ろうと大きな手を伸ばしてきた。

「まだだめっ!」

 少し陽に焼けた右手をピシッと弾く。恨めしそうに僕を見る黒目がちな瞳。ちょっと可愛い。

「お兄さんと会うんだろ?」

 じゃあ、その時にでも。電話で佐山はそう言っていた。お兄さんが帰国して、どこかで会う約束をしてたんだ。

「それは本当に話そうと思ってたんだよ。まだしっかりは決めてないけど。東京のライブに来るって言ってたから、あんたにも紹介するつもりで……」
「ええっ! じゃあ、どこかお店を取らないと、その日は千秋楽じゃないから……」
「いや、いいよ。そんなことは」
「なんで、いいんだよっ」

 今度は僕が滅茶苦茶狼狽えた。ご両親がいない佐山にとって、唯一の身内なんだ。僕を紹介してくれるんだったら……。

「倫、落ち着いてくれ。だから話すのも慎重にしたかったんだ。俺と兄貴は倫の家族みたいな感じじゃないんだ。ライブ終わりに楽屋に来るようには伝えたから。その後にどこかに行くとかはいいんだよ。本当に、な」

 そう言って僕の左手を両手で包み込むように握った。

「佐山……」

 ああ……そうだな。佐山の言う通りかもしれない。僕はもっと、こいつのことを知らないといけないんだ。
 お兄さんとは、日本に帰ってこられたのならいつでも会えるじゃないか。こんなライブ後のバタバタしたなかで無理に席を設けることもない。

 そう考えなおしたところで、背中に電気が走った。佐山が僕の指を擦っている。特に指と指の間を丁寧に。

「おまえ……」
「はっ! た、他意はないんだ。ほら、綺麗な指だからつい」

 全く……おまえには参ってしまうよ。僕は追求をやめ、あいつの肩に頭を乗せた。
 東京駅までまだもう少し時間がある。急に眠気が襲ってきた。そう言えば、ほとんど寝てない。肩の上でウトウトし始める僕の頭に重たいものが乗ってくる。佐山も静かな寝息を立てていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

処理中です...