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第2部
第64話 お兄さん
しおりを挟む東北新幹線の窓の向こう、美しい山なみが延々と続いていく。山の名前は知らないが、幾重にも重なった稜線の際立った姿に目を奪われる。
季節はまだ秋の入口だから雪はないけれど、太陽の光が緑を一層輝かせていた。
「お兄さん、もう帰国したのか?」
「ああ。先週かな。連絡があった」
先週。夜中の電話か。あれは帰国する前だったのかな? それともわざと深夜?
佐山はようやくお兄さんのことを話し始めた。チェックアウトの時間になってしまったので、帰路に着きながらも取り調べ中だ。
3才違いのお兄さんは、つい最近までドイツに海外赴任中だった。自動車会社に勤務してて、5年間海外だったと。大企業の会社員だったのには少なからず驚いてしまった。
佐山がお兄さんと疎遠になったのは、何も海外赴任だけが原因じゃない。お父さんが亡くなった時、佐山は高校生でお兄さんは大学卒業間近だった。
佐山は決まっていた大学進学をやめ、ミュージシャンになる決意した。もちろんお兄さんは大反対。でも、佐山は勝手に家を出て、音楽活動しながらバイトの日々を送る。
「俺はあいつの世話になる気はなかったし。実家にも一切帰らなかった。電話番号だけがあいつと繋がってたけど、ほとんど出なかったんだ」
変なところに意固地なやつだな。ホームレスギリギリまでいってたみたいなのに。まあそこはタフだから、気にもしなかったのかも。
でも、ここでまた僕は首をひねる。3才からピアノを習い、コンクールで何度も入賞していた子供時代と、タフでホームレスも辞さない姿がどうにも重ならない。まるで別人だ。
「ああ、それはさ。俺んち元々金持ちだったんだけど、親父が事業に失敗して普通の家庭から最後はマジ貧乏人まで落ちたんだよ。兄貴も俺も奨学金頼みの大学進学でさ。親父が生きてるうちは、大学行くのもアリかと思ったけど、死んじまったから。音楽目指すのに大学行かなくてもいいかって考え直したんだよ」
と、佐山。なんとなく、わかったようなわからないような……。
「そろそろ触ってもいいかな……」
佐山が肘掛けに置いた僕の指に触ろうと大きな手を伸ばしてきた。
「まだだめっ!」
少し陽に焼けた右手をピシッと弾く。恨めしそうに僕を見る黒目がちな瞳。ちょっと可愛い。
「お兄さんと会うんだろ?」
じゃあ、その時にでも。電話で佐山はそう言っていた。お兄さんが帰国して、どこかで会う約束をしてたんだ。
「それは本当に話そうと思ってたんだよ。まだしっかりは決めてないけど。東京のライブに来るって言ってたから、あんたにも紹介するつもりで……」
「ええっ! じゃあ、どこかお店を取らないと、その日は千秋楽じゃないから……」
「いや、いいよ。そんなことは」
「なんで、いいんだよっ」
今度は僕が滅茶苦茶狼狽えた。ご両親がいない佐山にとって、唯一の身内なんだ。僕を紹介してくれるんだったら……。
「倫、落ち着いてくれ。だから話すのも慎重にしたかったんだ。俺と兄貴は倫の家族みたいな感じじゃないんだ。ライブ終わりに楽屋に来るようには伝えたから。その後にどこかに行くとかはいいんだよ。本当に、な」
そう言って僕の左手を両手で包み込むように握った。
「佐山……」
ああ……そうだな。佐山の言う通りかもしれない。僕はもっと、こいつのことを知らないといけないんだ。
お兄さんとは、日本に帰ってこられたのならいつでも会えるじゃないか。こんなライブ後のバタバタしたなかで無理に席を設けることもない。
そう考えなおしたところで、背中に電気が走った。佐山が僕の指を擦っている。特に指と指の間を丁寧に。
「おまえ……」
「はっ! た、他意はないんだ。ほら、綺麗な指だからつい」
全く……おまえには参ってしまうよ。僕は追求をやめ、あいつの肩に頭を乗せた。
東京駅までまだもう少し時間がある。急に眠気が襲ってきた。そう言えば、ほとんど寝てない。肩の上でウトウトし始める僕の頭に重たいものが乗ってくる。佐山も静かな寝息を立てていた。
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