上 下
168 / 208
第2部

第62話 アーティストの底力

しおりを挟む


 福島からは別の奴を頼んだ。
 佐山は確かにそう言った。まさか三杉さん、来ないよな? 怖くて聞けないまま、ライブ当日を迎えた。リハは直前の1回きり、ほとんどぶっつけ本番だ。

「あっ。中館さん! 福島まで来ていただいたんですか。ありがとうございます」

 急遽の代役に白羽の矢が立ったのは、なんと名古屋を中心に展開しているバンド、『ダークソウル』のベーシスト、中館さんだった。

「いやあ、まさかホントにこんなことになるとは思わなかったよ」

 こんなことになるとは? 怪訝な表情の僕に、同伴していたダークソウルのマネージャーが説明してくれた。
 佐山はダークのメンバーが来てくれた愛知の打ち上げで、代役を頼むかもしれないから準備しておいてと言ったそうだ。で、二日前に正式な依頼と全セットリストのスコアが送信されてきたと。

「相当驚きましたが、中館は真面目なので自主練はしてたんです。今ウチはちょうどお休み中で、時間もあったし」
「そんなことに……何も聞いてなくて、申し訳ないです」

 東海シリーズの頃から、今の事態を予測していたのか。でも僕には一言も言わないで。あいつの気持ちはわかるが、正直寂しい。

 けど、そんなセンチメンタルに浸っている暇はない。サポメンとは言え演者が変わったんだ。
 関係者はもちろん、ポスターなんかにも出来るだけ反映させなきゃ。公式のお知らせは水口さんが既にやってくれた。『都合により』ってどういう都合だよ、と突っ込まれそうだけど、これで押し切るしかない。


「よし、気合入れるぞ」

 瞬く間にきた本番直前。ルーティン遂行のため、佐山が僕の視界を覆うように立った。

「ああ。今日もステージを楽しみにしている」

 僕の顎に佐山が手をかけた。僕は目を閉じ、あいつのキスを受ける。いつもより長く触れる少し厚めの唇。佐山は僕の唇を軽く食んだ。

「行ってくる」

 僕はやつの輝く瞳を見つめ、声を出さずに頷いた。



 さすがプロだ。ステージ上で繰り広げられたパフォーマンスは、突然呼ばれたとは思えない迫力と特別感。彼の個性もあるから同じとは言わないが、颯爽感のある化学反応が起きている。

 リズム隊、ドラマーとの相性は前よりもよく感じた。塩谷さんと旧知の仲だったというのも、佐山が中館さんを選んだ理由かもしれない。
 最も驚いたのは、佐山との掛け合いだ。やらないかと思ってたけど、当然のように演じ、しかもこれまた野性的でワクワクしてくるものだった。

 アンコールを終え、楽屋に引き上げてきたメンバーは、一応に特別な興奮を纏っていた。窮地を共にやり遂げた安堵なのか。それとも新たな音との出会いに高揚したのか。
 多分その両方なのだろう。僕はアーティストの底力に感動し、胸がいっぱいになった。

 打ち上げは大盛り上がりのうちに終わった。新参の中館さんも全く違和感なく溶け込んでいたし、僕も通例のマネさん飲み会を楽しんだ。

 その帰りのタクシー、珍しく佐山に意識がある。

「どうした? あんまり飲まなかったのか?」

 やっぱり色々思うところがあったんだろうか。僕は気になって尋ねてみた。でも、佐山は僕の手を唐突に握る。

「今夜は思いっきり、あんたを抱きたいんだ。心置きなく。酔ってる場合じゃない」

 思いっきりハート形になってるおまえの双眸。しかも鼻の穴がいつもより開いて息が既に荒い。これがステージに上がる前、程よい緊張感とアドレナリンに包まれている男と同一人物とは思えない。だけど……。

「了解……」

 僕はあいつの大きな手を握り返す。どちらのおまえも、僕は大好きなんだ。


「もう、他事考えてないか?」

 ベッドの中で僕を責めながら、佐山に問われる。わかってる。もうおまえのことしか僕の脳内にはないよ。

「考えてないよ……おまえ……だけだよ」

 あいつの腕の中で身を捩る僕。それでも飽き足らないのか、さらに激しく僕を翻弄する。快楽の沼に引きずり込まれて、僕は深く沈んでいく。

「さや……ま……」

 あいつが僕を貫いていく。僕の体も心もあいつでいっぱいになる。唇が、舌が僕を絡み取って……もう、息もできないよ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ショタ18禁読み切り詰め合わせ

ichiko
BL
今まで書きためたショタ物の小説です。フェチ全開で欲望のままに書いているので閲覧注意です。スポーツユニフォーム姿の少年にあんな事やこんな事をみたいな内容が多いです。

えっちな美形男子〇校生が出会い系ではじめてあった男の人に疑似孕ませっくすされて雌墜ちしてしまう回

朝井染両
BL
タイトルのままです。 男子高校生(16)が欲望のまま大学生と偽り、出会い系に登録してそのまま疑似孕ませっくるする話です。 続き御座います。 『ぞくぞく!えっち祭り』という短編集の二番目に載せてありますので、よろしければそちらもどうぞ。 本作はガバガバスター制度をとっております。別作品と同じ名前の登場人物がおりますが、別人としてお楽しみ下さい。 前回は様々な人に読んで頂けて驚きました。稚拙な文ではありますが、感想、次のシチュのリクエストなど頂けると嬉しいです。

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

【Dom/Subユニバース】Switch×Switchの日常

Laxia
BL
この世界には人を支配したいDom、人に支配されたいSub、どちらの欲求もないNormal、そしてどちらの欲求もあるSwitchという第三の性がある。その中でも、DomとSubの役割をどちらも果たすことができるSwitchはとても少なく、Switch同士でパートナーをやれる者などほとんどいない。 しかしそんな中で、時にはDom、時にはSubと交代しながら暮らしているSwitchの、そして男同士のパートナーがいた。 これはそんな男同士の日常である。 ※独自の解釈、設定が含まれます。1話完結です。 他にもR-18の長編BLや短編BLを執筆していますので、見て頂けると大変嬉しいです!!!

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

処理中です...