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第2部
第62話 アーティストの底力
しおりを挟む福島からは別の奴を頼んだ。
佐山は確かにそう言った。まさか三杉さん、来ないよな? 怖くて聞けないまま、ライブ当日を迎えた。リハは直前の1回きり、ほとんどぶっつけ本番だ。
「あっ。中館さん! 福島まで来ていただいたんですか。ありがとうございます」
急遽の代役に白羽の矢が立ったのは、なんと名古屋を中心に展開しているバンド、『ダークソウル』のベーシスト、中館さんだった。
「いやあ、まさかホントにこんなことになるとは思わなかったよ」
こんなことになるとは? 怪訝な表情の僕に、同伴していたダークソウルのマネージャーが説明してくれた。
佐山はダークのメンバーが来てくれた愛知の打ち上げで、代役を頼むかもしれないから準備しておいてと言ったそうだ。で、二日前に正式な依頼と全セットリストのスコアが送信されてきたと。
「相当驚きましたが、中館は真面目なので自主練はしてたんです。今ウチはちょうどお休み中で、時間もあったし」
「そんなことに……何も聞いてなくて、申し訳ないです」
東海シリーズの頃から、今の事態を予測していたのか。でも僕には一言も言わないで。あいつの気持ちはわかるが、正直寂しい。
けど、そんなセンチメンタルに浸っている暇はない。サポメンとは言え演者が変わったんだ。
関係者はもちろん、ポスターなんかにも出来るだけ反映させなきゃ。公式のお知らせは水口さんが既にやってくれた。『都合により』ってどういう都合だよ、と突っ込まれそうだけど、これで押し切るしかない。
「よし、気合入れるぞ」
瞬く間にきた本番直前。ルーティン遂行のため、佐山が僕の視界を覆うように立った。
「ああ。今日もステージを楽しみにしている」
僕の顎に佐山が手をかけた。僕は目を閉じ、あいつのキスを受ける。いつもより長く触れる少し厚めの唇。佐山は僕の唇を軽く食んだ。
「行ってくる」
僕はやつの輝く瞳を見つめ、声を出さずに頷いた。
さすがプロだ。ステージ上で繰り広げられたパフォーマンスは、突然呼ばれたとは思えない迫力と特別感。彼の個性もあるから同じとは言わないが、颯爽感のある化学反応が起きている。
リズム隊、ドラマーとの相性は前よりもよく感じた。塩谷さんと旧知の仲だったというのも、佐山が中館さんを選んだ理由かもしれない。
最も驚いたのは、佐山との掛け合いだ。やらないかと思ってたけど、当然のように演じ、しかもこれまた野性的でワクワクしてくるものだった。
アンコールを終え、楽屋に引き上げてきたメンバーは、一応に特別な興奮を纏っていた。窮地を共にやり遂げた安堵なのか。それとも新たな音との出会いに高揚したのか。
多分その両方なのだろう。僕はアーティストの底力に感動し、胸がいっぱいになった。
打ち上げは大盛り上がりのうちに終わった。新参の中館さんも全く違和感なく溶け込んでいたし、僕も通例のマネさん飲み会を楽しんだ。
その帰りのタクシー、珍しく佐山に意識がある。
「どうした? あんまり飲まなかったのか?」
やっぱり色々思うところがあったんだろうか。僕は気になって尋ねてみた。でも、佐山は僕の手を唐突に握る。
「今夜は思いっきり、あんたを抱きたいんだ。心置きなく。酔ってる場合じゃない」
思いっきりハート形になってるおまえの双眸。しかも鼻の穴がいつもより開いて息が既に荒い。これがステージに上がる前、程よい緊張感とアドレナリンに包まれている男と同一人物とは思えない。だけど……。
「了解……」
僕はあいつの大きな手を握り返す。どちらのおまえも、僕は大好きなんだ。
「もう、他事考えてないか?」
ベッドの中で僕を責めながら、佐山に問われる。わかってる。もうおまえのことしか僕の脳内にはないよ。
「考えてないよ……おまえ……だけだよ」
あいつの腕の中で身を捩る僕。それでも飽き足らないのか、さらに激しく僕を翻弄する。快楽の沼に引きずり込まれて、僕は深く沈んでいく。
「さや……ま……」
あいつが僕を貫いていく。僕の体も心もあいつでいっぱいになる。唇が、舌が僕を絡み取って……もう、息もできないよ。
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