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第2部
第58話 グルじゃないよね?
しおりを挟む東北シリーズが始まった。普通ならいざ行かんのアドレナリン出まくって、武者震いのひとつもしてしまう勢いなんだけど(言い過ぎ)。僕の胸の中は納まりきれない疑念や嫉妬でめちゃくちゃになってた。
もちろん佐山はそんなこととはつゆ知らず、試合前のボクサーみたいに静かに闘志を燃やしてる。
あいつはライブ前、必要以上にはしゃがない。リラックスしながら、自分のコンディションや緊張感を俯瞰している感じだ。いつもカッコいいあいつだけど、この瞬間は本当に引き締まった表情に目力を添え、惚れ惚れとしてしまう。
でも! 今はその佐山の隣にちゃっかり場所を取るや・が・み! しかも僕を挑発するようにちらちら見てる。おまえがそばにいると佐山が落ち着かないだろうがっ。
いや、落ち着かないは変だな。気にしてないんだから、目にも入らないか。ふんっ。おまえの相談なんか佐山は気にしちゃいないよ。
「どうしました? 表情筋の鍛錬ですか?」
ええっ! 佐山以外にそんな表現を使う人が?
「水口さん、いえ、大丈夫です」
水口さんだった。関東でライブをやるときは、必ず来てくれるんだけど、地方まで足を運んでくれたのは初めてだ。ありがたいよ。
開演まではまだ時間のある楽屋。メンバーやスタッフが集まり雑談をしているところに、いつもより少しラフないで立ちの水口さんが入ってきた。
「先日送ってくれた動画。あれ、いいですね。素晴らしい出来ですよ。私も色々発見がありましたしね」
「ありがとうございます。使えそうですか?」
僕らが撮影した『佐山の音楽ルーツ』だ。当然のことながら事務所にチェックしてもらっていた。
「もちろん。千秋楽の前には公開しますよ」
「良かった! それで……ファンクラブの入会希望ってどんな感じですか?」
もう募集をかけているので、内心こちらもドキドキだ。
「うん、いい感じですよ。思った以上に佐山君、女性にも人気ありますね」
「えっ。そうなんだ。僕も意外」
本当はそうでもない。昔から、佐山は男にも女にも節操なくモテるんだ。ただ驚いたのが、佐山がカミングアウトした後から、女性ファンが増えたことだ。関係ないかもしれないけど、もしあるのなら女性の心理って不思議だな。
佐山はいつものように、僕にキスをしてから舞台に向かった。あいつの感情が高ぶる瞬間。ここであいつは自分のアドレナリンを解放する。顎にかける指が少し震えてる。今日も思いっきり跳ねてこい。観客を虜にしてこい。
ホールに突き刺すようなストリングスが響く。重なる歓声がステージのボルテージを上げる。佐山の魔法の指が、今夜も観客を釘付けにした。
仙台なんだから、やっぱり打ち上げは牛タンの店だ。今夜は水口さんも来てくれるので、多分そんなに荒れなさそう。3日後に福島を控えているので今日は身内だけの飲み会だけど、通常パターンだと、みんな潰れるまで飲んじゃうんだよね。
「あれ? 佐山は?」
控室に佐山を迎えに行くと、あいつの姿が見えない。いつもなら、シャワーを浴びて僕を待っているのに。
「あ、先に行ってください。私が佐山君を連れて行きますから」
「え? でも主役が遅刻じゃ……」
ストレートの前髪をかき上げ、水口さんが営業スマイルで僕の背中を押す。
「すぐ追いかけますよ。それより、市原さんがいないと他のメンバーが困りますから」
どういうことだ? 様子が変だ。でも、飲み会に行く他のメンバーたちが次々と迎えのタクシーに乗り込もうと外へ出ている。確かに、僕が遅れるのはまずい。
「水口さん、何かご存じなんですか?」
「え? あ、うーん、私の口からは言えないです。でも、今日ここに来たのは佐山君に頼まれたからで。理由は後から聞いてください」
と、変わらぬ笑顔で水口さんは言った。見渡すと、八神も控室にいない。もう牛タン屋に行ったのか、それとも。
「市原さーん、急ぎましょう!」
背中でドラマーの塩谷さんが叫んでる。なんだよ。まさかみんなグルなんじゃないだろうな。僕はなんだか泣きたくなってきた。でも、水口さんの目が『早く行け』と僕をせかしている。
――――くそっ。もし僕の佐山になんかあったら、絶対許さないからな!
僕の心の中の捨て台詞。それが今この時に符号しているのかもわからないまま、僕は飲み会の店へ向かった。
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