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第2部

第33話 三杉さん

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 なんでこんなところで三杉さんに会わないといけないんだ。しかも、変なとこ見られて。いや、別に悪いことしてたわけじゃないけど。
 三杉さんは、佐山が僕と出会う前に付き合ってた元カレなんだ。ベーシストで、今は違うバンドで活躍してる。

 彼女が座っていた僕の前の席に、当然のように三杉さんは腰を下ろし珈琲を注文した。相変わらずセンスのいい黒シャツにスリムデニムをクールに着こなし、腹が立つほどカッコいい。
 詳細を聞きたそうな彼に、僕は誤解されるのが嫌で、正直に事の次第を話した。全く、なんでこうなるんだよ。

「ふううん。おまえって、意外にええかっこしいなんだな。俺なら絶対しかとだな」

 ええかっこしい……。なんだよ。三杉さんだって、きっとなんらかのアクションしたと思うよ。意外に優しいとこあるって僕は知ってるんだ。

「そうですね。次からは考えます」

 でも、逆らわずにそう応じた。

「あ、俺、佐山のアルバム買ったぞ。あれ、いいな」
「わっ! マジですか。ありがとうございます!」

 その一言で僕は一瞬にして破願してしまう。営業モード全開になってしまった。

「ははっ。佐山がおまえのこと好きな理由わかった気がする」
「え、なんですか」
「見てて飽きない」

 絶対違う。僕があからさまにムッとすると、三杉さんは背中を丸めてまた笑い出した。こんな平和な時間を三杉さんと過ごす趣味は僕にはない。
 でも、アルバムのことなら話したい! プロの目から(耳から)の率直な感想を僕は求めてるんだ。

「ああ。斬新だし、何度も聞きたくなるよな。鬼リピしてる」

 ええっ! 辛めのご意見と思いきや、ベタ褒めじゃん。心から嬉しいよ!

「そうだ。サポートに八神ってやつ、入ってるだろ。ベースの」
「あ、はい。三杉さんご存じでしたか?」

 三杉さんもベーシストだった。なんだろう。高揚した気分が急転直下していくんだけど。

「ああ、若いのに、テクあるよな。それに聴いてて思ったけど、佐山の曲にフィットしてる」

 うん。それは僕もそう思うんだ。だからこそ……厄介なんだよな。

「ツアーも回るんだろ?」
「はい。もちろん」
「ふううん」

 ここで、意味ありげな笑み。形のよい唇の口角をあげ、僕を挑発するような目で見た。整えられた眉の片方も上がってる。

「な……なにか?」
「気を付けろよー。あいつ、佐山のこと狙ってるぞ」
「え? まさか」

 そんなことあるはずない。そう言い返したかったけど、そんなこと有りそう過ぎて僕は言葉を飲み込んでしまった。

「佐山のサポートに入るって決まったとき、あいつ、俺んとこに来たんだよ。ま、最初はベーシストとしての話だったけど。」

 それで? さっさと続き言え。

「おまえと佐山の関係について聞いてたよ。付け入るスキがあるか、知りたかったみたいだな」
「三杉さん、なんて答えたんですか?」
「俺か? 俺は、奪いたいならトライしてみたら、って言ったさ」

 なんだとっ!

「でも傷つくだろうから慰めてやってもいいって、付け加えといたよ」
「ああ……そうですか」

 三杉さんを前に、僕はどう考えていいのかわからなくなってしまった。まさかと思っていたけど、やっぱり八神さんは佐山のことが気になってたんだ。僕から奪う? そんなことできるはずがない。

「な、ツアーメンバーとしてはヤバいぞ。俺が代わりにベース弾いてやろうか?」
「はっ! なにをどさくさに紛れて言ってんですか」

 三杉さんだって全然油断できないんだけど! 僕は唇を歪めて睨みつけた。

「あっははは! 今日は気分のいい日だなあ。おまえにここで会えてよかったよ!」

 僕は最低な気分だよ。でも……。

「情報はありがたく頂きました。注意しておきます」

 正直なところ、聞かないほうが良かったのかもしれない。佐山が彼を受け入れるはずがないんだ。だから、気にすることなく過ごしてたほうがきっと良かった。

 三杉さんは、またメンバーとライブに行くと言って帰っていった。始終上機嫌で。僕の気も知らないで。いや、知ってこその上機嫌か。
 でも、結局僕は三杉さんに聞いておいて良かったと思うことになる。その時は、そこまで想像していなかったんだ。



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