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第2部
第28話 浴衣姿が見たい
しおりを挟む「八神、そこはもう少しピッチ速くしてくれ」
次のリハーサル。セトリを決めて、繋ぎをアレンジする。
佐山は八神さんの呼び方を『マコ』から『八神』に戻した。誰も何も言わなかったし、気づかなかったのかもしれないけど、一瞬八神さんは、怪訝な表情をしていた。でも、それだけ。あとはいつも通りにしていた。
もちろん僕は嬉しかった。佐山がそう呼ぶことがじゃなくて、僕のことを考えて、そうしてくれたことが。
ツアー初日はアルバム発売日の一週間後、東京からスタートする。そのアルバムの発売日が迫っている。すでに予約が入り始めてて、感触は良さそうだ。
先日撮ったウイチューブが好評でそのお陰もあるのだろう。初回限定盤にはこの映像のノーカット版を付けることになった。あ、あの後撮ったバカップルの映像は付いてないから悪しからず。
愚かな邪推を一掃できて、僕は気持ちがすごく楽になった。だけど気は抜いてない。
あの日、レコーディング最終日に八神さんは自分でやってきたと言ってた。プロのミュージシャンが、たとえ暇でもわざわざやってくるなんておかしな話だ。
彼がゲイかどうかはわからない。カミングアウトもしてないし、噂もない。でも、ついでに言うと、彼女さんらしき人もいないんだよね。だから、用心だけはしておかないと。
佐山は、ノンケだって宗旨替えさせる魅力があるんだ。僕が言うんだから間違いない。
リハーサルの間も、二人が接近しないように見張ってた。いつかのヴィジュアル系バンドの時みたいに、『マネさんが睨んでる』って言われかねないけど、僕は遠慮しない。
そんなふうに、問題なくリハーサルが終了したある日、僕らはスタジオ最寄りの駅へと歩いていた。
「あれ? おい、どうした?」
駅に着くと、佐山が何かの看板を食い入るように見ている。僕も釣られて立ち止まった。夜空に大きな花火が打ちあがるポスター、花火大会のお知らせだ。
「来週、港で花火大会あるみたいだ」
季節は夏を迎えるころ。盆踊りには少し早いが、お祭りがあるようだ。日にちはリハのある日なので、終わってから行くことは可能だろう。ただ……。
「発売日の前日か」
「ん? なんか関係あるのか? 仕事入ってたっけ」
アルバム発売日はラジオの生出演が一本ある。でも、前日はリハだけのつもりだ。佐山は発売日とか、そういうの無頓着なやつだから、気にしないかもなあ。
「な、浴衣着て行かないか?」
「浴衣!?」
またそんなことを……。そりゃ、おまえの浴衣姿なんて、絵になりすぎるけど。
「インスタに挙げるって言えば、水口さん、用意してくれんじゃない?」
変なとこ計算高いよな。まあ、確かに宣伝にはなりそうだ。とにかく今は、SNSを使いこなして、ファンの目に留まることは大切だ。
それに僕も佐山の浴衣姿を見たくなった。男性モデル顔負けの肉体美だからな。胸を少しはだけさせれば、相当かっこいい。伊豆での部屋着ですら、人目を引いたくらいだし。
「そうだな。頼んでみるよ」
「倫も着るんだぞ。そうしないと俺も着ないって言ってくれ」
僕の浴衣姿を見たいのは、おまえだけなんだけどね。水口さん、OKくれるかな。一応頼んでみるか。
「花火の下で浴衣を着たあんたを抱く。最高だよな」
いや、それは無理だろ。すでに帯を解いて、浴衣を剥すしぐさをしている。ていうか、どうせ脱がすなら浴衣を着る意味あるんだろうか。僕の素朴な疑問だ。
「祭りはすごい人混みだと思うけど?」
「気にするな」
めっちゃ気にしますけど!? その日のことが楽しみでありながら、恐怖な僕の気持ち、おまえはわかってくれないよな。
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