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第1部

第85話 ハートを入れてくれた人

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 雑誌のインタビューは、ホテルの会議室で行われた。例の佐山ファンの女性記者、和泉さんだ。彼女はゴシップ雑誌の記者さんじゃないから、このインタビュー、どう落ち着かせるのだろう。

「取材に応じていただきありがとうございました」
「いえ、こちらの方こそお願いしたかったので」

 佐山が応える。いつにない緊張感が漂ってる。これは気のせいじゃないだろう。

「クリスマスライブを控えての単独取材、それとライブレポも弊社で書かせていただきたく。それでよろしいでしょうか。インタビューの方は、ウェブ版で先行配信します」
「それで結構です。それと、俺からもお話ししたいことがあって。俺が音楽に向き合う原動力。作り出すための重要な芯みたいな、ファクターかな……それについて。いいですよね」
「願ったりです。よろしくお願いします」

 音楽に向き合う原動力。おまえの話したいことって……まさか……。

 話は来週末のクリスマスライブから始まり、カウントダウン、そしてご褒美旅行についても語られた。和泉さんは、和やかに質問を繰り出していたけど、いつもよりよそよそしく感じる。やっぱりガッカリしてるのかな。

「それで、先ほどの……佐山さんがお話しされたいことですけれど……」

 僕の心臓が勢いよく飛び跳ねた。核心に触れるフレーズが和泉さんの紅く染められた唇から放たれた。佐山はどう答えるのだろう。

「ああ。俺は若い時、いい加減でね。バンド組むのも面倒で、スタジオミュージシャンをやっていたんだよ」
「存じてます。でも、その頃から腕がいいと評判でしたよね?」
「テクだけね。ハートがなかった」

 和泉さんは黙って頷く。

「その空っぽの俺に、ハートを入れてくれた人。その人が今の俺、佐山巧を誕生させたんです。俺はその人のために曲を書き、その人のために演奏したいと思った。どんな時も、俺のことを思ってくれる人。彼の喜ぶ顔が見たい。それが俺にとって一番大切なことになったんです」

 佐山は一気に話した。僕は立っていられなくなって、部屋の壁にもたれかける。涙が頬を伝うのに気付いて、慌ててハンカチを取り出した。

「彼……。その方のことを、恋人と思っていいでしょうか」
「ええ。その通り。俺はそのことについて、何の迷いも恥ずかしさも感じてません。俺は全身全霊をかけて、そいつのことが好きなんで」

 佐山はそう言って、にこやかに笑みを向けた。カメラマンのフラッシュがたかれる。他にも何枚か写真を撮ったけれど、恐らくその写真が採用されるだろう。涙目でだったけれど、その時の笑顔が、どれよりも美しく輝いていた。



「羨ましいです。あんなに思われて……。でも、佐山さんの音楽の変化を、私も気付いていました。潔く負けを認めます」
「恐縮です」

 和泉さんに言われて、僕はそう応えるしかなかった。雑誌社からは、僕の顔を見えないようにしてのツーショットを依頼され、僕らはそれに応じた。冬枯れの歩道。二人で歩く後姿をカメラに収めた。



 アパートに帰って、僕は佐山に抱き着いた。愛しくて愛しくて、どうにかなりそうだ。あいつはそれを全身で受け止めてくれる。

「惚れ直した?」
「ずっと……惚れっぱなしだよ」

 腕に力が入る。息ができないほどの熱いキスも抱擁もいつも特別なものだけど、今日はそれ以上に特別に感じた。




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