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第1部

第84話 僕次第

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 2件のメールは、両方とも青山君が知らせてくれた件についてだった。事務所からは話を聞かせて欲しい。雑誌記者からは、取材をさせて欲しい。ということだ。

「よし終わったっ。帰るぞ! ん? どうした。暗い顔して」

 スタジオでは既にリハを終えた佐山がギターをケースに入れているところだった。生気のない僕の顔を見て、怪訝そうに聞いてきた。

「あの……佐山……」

 スタッフやメンバーが帰り、しんと静まり返ったスタジオで、僕は佐山に話して聞かせた。あまり刺激はしたくなかったけど、柏木のことも包み隠さず話した。

「ふうん。暇な奴だなあ。人の事、ほっとけって言うの」
「でも……」

 心配で表情を曇らせる僕に、佐山の大きな手が頭を撫でる。

「何も心配する必要はない。これで俺の仕事が少なくなったら、実力不足ってことだよ」
「佐山……だけど、僕はおまえの仕事の邪魔になるのは嫌だ。僕はおまえの恋人でマネージャーだけど、その前におまえの熱烈なファンなんだ。だから……」

 頭に置かれた手を後頭部に滑らせると、佐山は僕を自分の方へ引き寄せ、キスをした。もう一方の手も参戦してきて、濃厚な口づけを交わす。

「俺の一番は仕事でも音楽でもない。倫、あんたなんだ。俺はあんたが喜ぶことをするだけだから、側にいてくれればいい」

 僕の両頬を包み込み、語りかけるように言う。こんな時なのに、僕は感動して涙が出てきてしまった。

「事務所も雑誌も日程決めてくれ。取材、受けるから」

 そう言うと、佐山はもう一度僕にディープなキスをしてくれた。



 一人で話すから。と、事務所の社長と二人きりで会った佐山。僕を守るつもりかもしれないけど、僕は二人で乗り越えたかった。
 それでも、あいつがあんなに真面目な表情で僕に頼みごとをしたのは初めてだ。だから、一人で行かせた。社長室の前で待つ僕は気が気でない。座ってるうちに太ももの裏側が汗でじっとりとしてきた。

「面倒な人に目を付けられましたね」
「あ、水口さん」

 水口さんは僕らの担当者だ。今度のことも、彼には迷惑をかけてしまっている。

「申し訳ないです」
「いやいや、こんなことは何の契約違反でもないですよ。それに私はとっくに気が付いていましたから」
「あ……そうでしたか」
「社長も知ってたと思いますよ。だから今回のご褒美旅行も許可したんですよ。佐山さんはいつも、貴方次第ですから」

 僕は何も言えず、頷くしかなかった。僕次第。それは佐山にとって本当に良い事なんだろうか。佐山は別に僕がいなくてもいい曲、いい演奏ができるはずだ。いや、そうであった方がいいんじゃないか?

「いいんでしょうか」
「ん? 何がですか?」
「佐山は僕がいなくてもやっていけると思うんです。僕次第なんて、危う過ぎる」

 僕が俯きながらそう言うと、わかりやすく水口さんがため息を吐いた。

「世界的に有名なアーティスト。彼らが花開く時には、必ずその源となる存在がいました。恋人、奥様、子供。佐山さんにとっては貴方です。それが永遠に続くとは言いませんが、少なくとも今は、市原さんが必要だと思いますけど?」

 それに応えようとしたとき、社長室の扉が開いた。満足そうな笑みを浮かべた佐山が出てきた。

「佐山!」
「お、倫、待たせたな。さ、次は取材だ。行くぞ」

 社長との話し合いはうまくいったんだろうか。僕は佐山に肩を抱かれて事務所を出た。

「これはスピードが大事なんだ。俺のマネさんはそこのところ、よくわかってるから安心だ。今日も愛してるぞ」

 そう言って、頬にキスをする。僕はなんだかよくわからなかったけれど、それでも佐山の逞しい腕に抱かれると何故かとても安心できた。



つづく

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