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第1部
第62話 記念の品
しおりを挟む翌日、朝早くから僕は荷造りを始めた。昨日のうちに引っ越し業者に来てもらい、日にちも決めた。
引っ越し先では防音室の工事も始めてもらったし、今はこの部屋に積まれた段ボール箱に荷物を入れる作業に没頭するのみだ。午後には事務所に行かなきゃいけないし、時間を有効に使いたい。
「張り切ってるなぁ。もうやってるんだ」
「昨日、変な時間に寝たから目が覚めたんだよ」
「いつもなら、構ってくれるのに……」
まだ眠いのか、ぼんやりしながら佐山がつぶやく。僕が高血圧の人みたいにさっさと起きて仕事をしているのが不満らしい。
「ぶつくさ言ってないで、シャワー浴びて来いよ。朝食食べたら一緒にやろう」
「了解―」
欠伸をしながら佐山がバスルームに向かった。僕は多くもない自分の持ち物を箱に詰める。
――――あ、これは。
大事そうに箱に入れたTシャツを取り出す。初めて佐山と出会ったライブで買ったものだ。サイン会があるというので、慌てて買った。ここにサインをしてもらうためだ。
僕は胸躍らせながら佐山の列に並んだ。ずっと憧れてたとかじゃなく、ついさっきのライブで恋に落ちた。もちろんその時はそれが恋なんて気付いてもなかったけどね。なんてカッコいいギタリストなんだって思った。演奏はもちろん、その容姿もめちゃくちゃカッコよくて、僕は心臓を鷲掴みされたんだよ。
『君は初めてかな?』
『はい! 佐山さんのギターに感動しました!』
昨日のことのように覚えている。あいつ、このTシャツにサインだけじゃなく、自分の連絡先を書いたんだ。大胆なことするよね。
『連絡待ってるから』
握手しながら、あいつは僕の耳に顔を近づけてそう囁いた。一体何が起こったのか、僕はすぐにはわからなかった。
あの日は彼女と一緒だったんだけど、何を話したのか全く覚えてないんだ。食事もせずにその頃一人で暮らしてたアパートに直行した。
――――このサインと一緒に書かれた連絡先。これを見つめて、思案したなあ。
連絡を待ってるって、何? 連絡したら何が待ってるのか。僕は仕事しててもそればっかりに頭がいって、どうにかなりそうだった。
これってナンパなのか? いやいや、違うよな。何か買わされる勧誘かも? 僕はそういうの買うのかと思われた?
それもないように思えた。あのウィンクの意味するもの。やっぱりナンパなのかも。
三日間、悩みに悩んだ僕は連絡しようと決断した。そうしないと限界だった。もう何にも手に付かないし、何より僕が彼に会いたかった。
『待ってたよ。もう来ないかと、心配してた』
電話口の佐山は僕にそう言った。そのとき、やっぱりナンパだったんだって感じた。声に、艶があったんだ。色気っていうのかな。僕はダッシュした後みたいに心臓がはためいて、息ができなくなるほどだったよ。
「何してる? あ、それ、懐かしいなあ」
シャワーを浴びた佐山が髪を拭きながらやってきた。
「だろ? 僕らの記念の品だよ」
佐山は僕からTシャツを取りあげ、自分のサインを眺めた。
「俺、あの時あんたから連絡来なかったらどうしようって思ってた。スマホの画面ばっか見て。地獄のような三日間だったよ」
「佐山……」
佐山が僕をTシャツごと抱きしめる。シャンプーの香りが爽やかに僕の体を包んだ。
「連絡して良かった……。遅くなってごめんな」
大きな手が僕の耳から頬を包み、キスが降ってきた。あの頃から少しも変わらず色気あり過ぎのこいつ。その象徴のようなエロい唇が僕を捉えて離さない。
思い出に邪魔されて、ちっとも進まない引っ越し作業、あるあるの朝。
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