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第1部
第39話 運命の相手
しおりを挟む以前楽曲を提供したアーティスト、『シュウ・ハマダ』さんから、レコーディング参加のお願いがきた。新しいレーベルでの活動を始動した佐山だけど、今後も楽曲提供はしていくつもりだし、完全にロックから引き揚げたわけではない。もちろん、有難くオファーを受けた。
今日はリハだけというので、二人ともTシャツにデニムといったかなりラフな格好でスタジオに出掛けた。
「実は、MVを沖縄で撮る予定でしてね。是非、参加してもらいたいんですよ」
レコーディングのリハが終わった後、シュウさんのスタッフから嬉しいオファーがもらえた! 最近MVもスタジオや関東圏でやるバンドやミュージシャンが多いなかで、これは嬉しい話だ。
「承知しました。それでは来月ですね。スケジュールも大丈夫ですので是非お願いします」
条件もまずまず。僕も同伴できるので、喜んでOKした。佐山も喜ぶだろう。そうだ、インスタやツイッタに上げる写真もできるし、言うことないな。
僕はもはや有頂天で佐山に報告しに行った。夏の沖縄なんて浮かれるしかないじゃないか。
「佐山! あっ……」
ロックTから覗く体が彫像さながら。ギターを背中に担いだ佐山を見つけ、声をかけた。だが、そこに見覚えのある姿を見て足を留める。
「三杉……」
それは佐山の元カレ、三杉さんだった。イケメンのベーシスト。そいつが佐山を呼び止めて話をしようとしている。
「倫、話はついたのか?」
スタジオのロビーは椅子とテーブルが2セット置いてあり、吹き抜けになっている。それほど広くはないが、外からの光を得て開放感があった。佐山は三杉の方を見ずに、僕にそう言った。
「ああ。いい話だったよ」
僕は三杉をちらりと見、軽く会釈をした。
「やあ、マネさん。先日はどうも。佐山、おまえと話がしたいんだ。いいかな」
三杉は僕を一瞥すると、佐山に向けてそう言った。
「なんの話だ。俺にはないけどな」
佐山は僕に気を使ったのか突き放したように言う。
「ご挨拶だな。いいだろ? 時間は取らせないから」
三杉は言いながら僕の方を見る。おまえは邪魔だから、外せと言いたいのだろう。目は口ほどに物を言う。あいつの双眸からは、空気読めって言葉が聞こえそうだった。
ドラマかなんかなら、ここで『僕は構わないから、二人で話して』、なんて、思ってもいないことを吐いてそそくさとその場を外すんだろうな。でもな、現実はそんなに甘くないんだ。僕は、思いっきり構うんだよ!
「僕は佐山とは一心同体なんで。このままで話してください」
「はあっ!?」
三杉は唇をゆがめてそう発した。あからさまに僕に怒りと呆れの表情を向ける。でも、僕は全く動ぜず見返した。佐山は我慢しているが、口角がフルフル震えている。恐らく笑いをこらえているんだろう。
「おまえ、こういう時は外すのが大人だろう? 佐山のこと信じてないのか?」
「僕は三杉さんのことを信じてないだけです。それに大人じゃなくて結構です。こんな時に席外すほど、僕はええかっこしいでも馬鹿でもないですから」
「な、おい、佐山……!」
三杉は佐山に不満を訴えようと顔を向ける。だが、途中でそれを呑み込んだ。
「悪いな、三杉。倫の言う通りだ。プライベートな話は俺ら二人の前で言ってくれ。それと仕事の話はうちのマネージャーを通せな」
佐山は自分のマネージャー、つまり僕の肩を抱く。
「佐山……ったく、なんだよ。骨抜きかよ!」
悔し紛れに三杉がそう吠える。
「ああ、俺はこいつに首ったけだからな。話が終わったんなら俺は行く。今すぐ倫を抱きたくなった」
そう悪びれずに佐山は言う。さすがに僕は三杉が可哀想になったが、こいつに1ミリも希望を持たせないのは、佐山の優しさかもしれない。僕は佐山の手にそっと自分の手を添えた。
「わかったよ……。話は下らないことだ。俺もさっさと新しい恋人を見つけるって言いたかっただけだよ。おまえみたいにぞっこんになるくらいの恋人をな!」
「そうか、三杉も運命の相手に出会えるといいな。陰ながら応援しておくよ……。倫、帰ろう。そのいい話とやら聞かせてくれ」
運命の相手。それは僕のことか。さらっと言って退ける佐山に僕は胸アツだ。
「あ、ああ。じゃあ、失礼します。三杉さん」
僕は憮然としている三杉に頭を下げた。本当に彼の言いたいことはこれだったんだろうか。いや、それはどうでもいい。佐山に余計なこと言われたくない。こいつはこう見えて、優しいんだ。
佐山は僕の肩を抱いたままスタジオを出る。都会のビル街に容赦なく真夏の太陽が照り付けている。眩しさに僕は目を細める。昼下がり、人通りも多い歩道、佐山は僕の髪にキスをする。
「人が見てるよ」
「構うもんか。俺は今、猛烈にあんたが好きだ。ここが歩道じゃなけりゃ押し倒している」
また物騒なことをこいつは言う。それでも、それが嬉しくて、僕は顔が熱くなる。
「じゃあ、さっさと帰ろう。僕もおまえが欲しい」
僕らはお互いを見つめ、微笑する。手の指をそっと絡めると、自分たちの城へと文字通り走り出した。
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