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第1部
第33話 新しい恋人
しおりを挟む今夜は佐山の友人達のバンドライブがある。チケットを取ってあるので二人で出かけた。真夏の首都は陽が落ちても暑い。
僕らはTシャツにテーパードパンツ、半袖のシャツを羽織るといったかなりラフな出で立ちで向かった。佐山はグラサンなんてかけちゃって、やっぱりカッコいい。腕組みたい気持ちになったけど、我慢した。
「そうか、彼らもインストルメンタル中心なんだな」
「ああ。ちょっとジャンルは違うけど、みんな腕は確かだしな」
「お、それなら、今後オファーとかしてみるか?」
「いや、その必要はない。曲がりなりにもバンドを組んでるやつらは忙しいから」
なんだか歯切れが悪い。確かに佐山の言う通り、バンドメンバーはその活動に手一杯で、人のサポートなんて出来ないとは思うけれど。それでも佐山にならって手を上げてくれる人は今でもいるのに。
何か他に理由があるのかもしれない。そう思った僕はそれ以上何も言わなかった。
中規模のホールで行われたライブセッションは、なかなか刺激的だった。ロックとは違う大人の音楽というのか、スタンディングで体を揺らしながら体中に染み込んでいくのが何とも心地よい。そこには歌がないがゆえに、より演奏が研ぎ澄まされていく緊張感があった。
――――佐山が目指したいと思うのは、こういうところなんだろうな。
僕は妙に納得した。
「楽屋に挨拶に行ってくる。倫も来るか?」
「え? そりゃもちろん」
どうしてそんなことを聞くんだろう。メンバーだけじゃない、スタッフさんにだって是非顔合わせしておきたいじゃないか。でも、佐山は『そうだな』、と言ったきり黙ってしまった。僕は釈然としないまま、あいつの後ろを付いて行った。
「よー! 佐山じゃないか! 元気にしてるか?」
楽屋に行くと、メンバーやスタッフさんは僕らを歓迎してくれた。僕は用意していた差し入れをマネージャーさんに渡す。
「ありがとうございます。佐山さんが契約されたの聞いてますよ! これからもよろしくお願いします」
結構年配の男性マネさんはそう言って笑顔を向けてくれた。僕らもロック畑からこちらに移れば新参者だ。ジャンルは若干違うけれど同じ洋楽系の世界だし、外から見れば同じようなものだ。先駆者である彼らにはリスペクトしてる。
「あれ、佐山。彼が新しい恋人? 噂のクールビューティ」
僕がマネさんと話していると、ふいにそんな言葉を浴びせられた。無遠慮な、少し敵意みたいなものを感じた。
「僕は……佐山のマネージャーの市原です。ライブ素晴らしかったです。盛況、おめでとうございます」
「ありがとう」
僕に『新しい恋人』と言ったのは、ベースを弾いてたやつだ。そいつは嫌味な笑みを浮かべただけだったけど、他の、ドラマーやギターのメンバーがにこやかに返してくれた。
――――新しいって、もう一年付き合ってんのに、なんだこいつ。
僕はそう思いながらも、分け隔てのない笑みを向けた。
「佐山、何とか言えよ」
またベースの男が面白がって佐山に聞いている。よく見ると、綺麗な顔立ちをしたイケメンだ。身長はそれほど高くないだろうか。それでも小顔が引き立つくらい手足が長い。
「三杉、じゃあ言っといてやるよ。それ以上、うちのマネージャーに難癖付けたら、いくらおまえでも許さんからな」
「おおこわっ!」
「三杉っ! いい加減にしろ。ごめんな。こいつ下品な奴なんだ」
リーダーなんだろうか。ギターの彼が三杉? とかいうのを睨みつけてから、僕に向かって軽く頭を下げる。
「いえ、全然大丈夫ですから……」
「じゃあ、俺達もう行くよ。明日もあるんだよな。頑張ってな。倫、行くぞ」
今来たばかりなのに、佐山は僕の肩を抱くようにして戸口へと押し出した。僕は慌ててマネージャーさんに会釈して廊下へ出る。背中にまたあいつだろう、不躾で下手くそな指笛が追いかけてきた。
「どうしたんだよ、佐山。あんな嫌味くらい何でもないよ」
佐山の親しい人にそんなのがいるのは残念だけど、こんな対応は正直慣れっこだ。
「……ってたんだ」
「え? 何、なんて言った?」
「あいつ、ゲイなんだよ」
僕の心臓が胸の中で跳ねた。隣で前を向いたまま、佐山はそう言った。聞こえなかったその前の言葉が脳の中でパズルのようにピースがハマる。
『付き合ってたんだ』
わかってる。僕の前に、佐山が何人かの人と付き合ってたこと。そんなこと当たり前じゃないか。僕と出会う前、佐山に恋人がいたことは不思議でもなんでもない。僕だって、あいつのライブに初めて行ったのは彼女とのデートだったんだし。
だけど……。
――――あいつ、きっとまだ佐山のことが好きなんだ。
僕は初めて、その日リビングのソファーで寝た。
次回に続く。
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