上 下
37 / 208
第1部

第33話 新しい恋人

しおりを挟む


 今夜は佐山の友人達のバンドライブがある。チケットを取ってあるので二人で出かけた。真夏の首都は陽が落ちても暑い。
 僕らはTシャツにテーパードパンツ、半袖のシャツを羽織るといったかなりラフな出で立ちで向かった。佐山はグラサンなんてかけちゃって、やっぱりカッコいい。腕組みたい気持ちになったけど、我慢した。

「そうか、彼らもインストルメンタル中心なんだな」
「ああ。ちょっとジャンルは違うけど、みんな腕は確かだしな」
「お、それなら、今後オファーとかしてみるか?」
「いや、その必要はない。曲がりなりにもバンドを組んでるやつらは忙しいから」

 なんだか歯切れが悪い。確かに佐山の言う通り、バンドメンバーはその活動に手一杯で、人のサポートなんて出来ないとは思うけれど。それでも佐山にならって手を上げてくれる人は今でもいるのに。
 何か他に理由があるのかもしれない。そう思った僕はそれ以上何も言わなかった。


 中規模のホールで行われたライブセッションは、なかなか刺激的だった。ロックとは違う大人の音楽というのか、スタンディングで体を揺らしながら体中に染み込んでいくのが何とも心地よい。そこには歌がないがゆえに、より演奏が研ぎ澄まされていく緊張感があった。

 ――――佐山が目指したいと思うのは、こういうところなんだろうな。

 僕は妙に納得した。

「楽屋に挨拶に行ってくる。倫も来るか?」
「え? そりゃもちろん」

 どうしてそんなことを聞くんだろう。メンバーだけじゃない、スタッフさんにだって是非顔合わせしておきたいじゃないか。でも、佐山は『そうだな』、と言ったきり黙ってしまった。僕は釈然としないまま、あいつの後ろを付いて行った。


「よー! 佐山じゃないか! 元気にしてるか?」

 楽屋に行くと、メンバーやスタッフさんは僕らを歓迎してくれた。僕は用意していた差し入れをマネージャーさんに渡す。

「ありがとうございます。佐山さんが契約されたの聞いてますよ! これからもよろしくお願いします」

 結構年配の男性マネさんはそう言って笑顔を向けてくれた。僕らもロック畑からこちらに移れば新参者だ。ジャンルは若干違うけれど同じ洋楽系の世界だし、外から見れば同じようなものだ。先駆者である彼らにはリスペクトしてる。

「あれ、佐山。彼が新しい恋人? 噂のクールビューティ」

 僕がマネさんと話していると、ふいにそんな言葉を浴びせられた。無遠慮な、少し敵意みたいなものを感じた。

「僕は……佐山のマネージャーの市原です。ライブ素晴らしかったです。盛況、おめでとうございます」
「ありがとう」

 僕に『新しい恋人』と言ったのは、ベースを弾いてたやつだ。そいつは嫌味な笑みを浮かべただけだったけど、他の、ドラマーやギターのメンバーがにこやかに返してくれた。

 ――――新しいって、もう一年付き合ってんのに、なんだこいつ。

 僕はそう思いながらも、分け隔てのない笑みを向けた。

「佐山、何とか言えよ」

 またベースの男が面白がって佐山に聞いている。よく見ると、綺麗な顔立ちをしたイケメンだ。身長はそれほど高くないだろうか。それでも小顔が引き立つくらい手足が長い。

「三杉、じゃあ言っといてやるよ。それ以上、うちのマネージャーに難癖付けたら、いくらおまえでも許さんからな」
「おおこわっ!」
「三杉っ! いい加減にしろ。ごめんな。こいつ下品な奴なんだ」

 リーダーなんだろうか。ギターの彼が三杉? とかいうのを睨みつけてから、僕に向かって軽く頭を下げる。

「いえ、全然大丈夫ですから……」
「じゃあ、俺達もう行くよ。明日もあるんだよな。頑張ってな。倫、行くぞ」

 今来たばかりなのに、佐山は僕の肩を抱くようにして戸口へと押し出した。僕は慌ててマネージャーさんに会釈して廊下へ出る。背中にまたあいつだろう、不躾で下手くそな指笛が追いかけてきた。

「どうしたんだよ、佐山。あんな嫌味くらい何でもないよ」

 佐山の親しい人にそんなのがいるのは残念だけど、こんな対応は正直慣れっこだ。

「……ってたんだ」
「え? 何、なんて言った?」
「あいつ、ゲイなんだよ」

 僕の心臓が胸の中で跳ねた。隣で前を向いたまま、佐山はそう言った。聞こえなかったその前の言葉が脳の中でパズルのようにピースがハマる。

『付き合ってたんだ』

 わかってる。僕の前に、佐山が何人かの人と付き合ってたこと。そんなこと当たり前じゃないか。僕と出会う前、佐山に恋人がいたことは不思議でもなんでもない。僕だって、あいつのライブに初めて行ったのは彼女とのデートだったんだし。
 だけど……。

 ――――あいつ、きっとまだ佐山のことが好きなんだ。

 僕は初めて、その日リビングのソファーで寝た。



                           次回に続く。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【BL】おねがい…はやくイって【R18】

NichePorn
BL
街中で具合が悪くなって・・・。 街で噂の絶倫と噂されるイケメンに声をかけられた。 ちゃんと警戒していたのに、いつの間にかえっちな流れになって…。 彼が満足する(イク)までカラダをあずけつづけることに。 性感なんか信じていなかったノンケ × 優しくて真剣(に変態)な医師

山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜

ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。 高校生×中学生。 1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

俺☆彼 [♡♡俺の彼氏が突然エロ玩具のレビューの仕事持ってきて、散々実験台にされまくる件♡♡]

ピンクくらげ
BL
ドエッチな短編エロストーリーが約200話! ヘタレイケメンマサト(隠れドS)と押弱真面目青年ユウヤ(隠れドM)がおりなすラブイチャドエロコメディ♡ 売れないwebライターのマサトがある日、エロ玩具レビューの仕事を受けおってきて、、。押しに弱い敏感ボディのユウヤ君が実験台にされて、どんどんエッチな体験をしちゃいます☆ その他にも、、妄想、凌辱、コスプレ、玩具、媚薬など、全ての性癖を網羅したストーリーが盛り沢山! **** 攻め、天然へたれイケメン 受け、しっかりものだが、押しに弱いかわいこちゃん な成人済みカップル♡ ストーリー無いんで、頭すっからかんにしてお読み下さい♡ 性癖全開でエロをどんどん量産していきます♡ 手軽に何度も読みたくなる、愛あるドエロを目指してます☆ pixivランクイン小説が盛り沢山♡ よろしくお願いします。

職場の後輩に溺愛されすぎて困る話

小熊井つん
BL
大型犬系寡黙後輩×三枚目常識人先輩 ただひたすら後輩にアプローチされるだけの話。 『男だけど幼馴染〜』のスピンオフ

地下アイドルを推してたワープアコミュ障陰キャな僕だけど気付いたら執着系ハイスペイケメンに僕が推されて(性的にも)磨かれました?

黒川
BL
タイトルが内容の全てです。 チートなハイスペイケメン大学生×ワープア陰キャなドルオタ ワープア陰キャなドルオタ(26歳童貞処女)が、推しのライブ会場でチートなハイスペイケメン大学生(20歳非童貞)に見初められてどんどん囲われて行くお話です。 受視点と攻視点が交互に入れ替わります。 苦手な方はご注意ください。 前作たちと世界観は繋がっていますが、恐らく独立した作品になるかと思います。 ※前作品→ミニマム男子の睦事、中本さんの事情事、食べたい2人の気散事 2024.06.03 完結しました。 ありがとうございました。 ※完全不定期で番外編更新予定

いちゃらぶ×ぶざまえろ♡らぶざま短編集♀

桜羽根ねね
BL
こちらは性癖の坩堝なカントボーイ・ふたなり・後天性女体化ネタ用の短編集です。 基本的にハピエン、らぶざま、もれなく小スカネタが入ってきます。例外もあります。 世界観は現代風からファンタジーまで様々。何もかもがフィクションです。 含まれる成分は下記に随時追加していきますが、何でも美味しく食べる方向けです。 ⚠成分⚠ 小スカ/♡喘ぎ/濁点喘ぎ/淫語/クリ責め/潮噴き/常識改変/露出/羞恥/時姦/幼児退行/ぶっかけ/産卵/衆人環視/貞操帯/母乳/玩具/女装/尿道責め

俺の番が変態で狂愛過ぎる

moca
BL
御曹司鬼畜ドS‪なα × 容姿平凡なツンデレ無意識ドMΩの鬼畜狂愛甘々調教オメガバースストーリー!! ほぼエロです!!気をつけてください!! ※鬼畜・お漏らし・SM・首絞め・緊縛・拘束・寸止め・尿道責め・あなる責め・玩具・浣腸・スカ表現…等有かも!! ※オメガバース作品です!苦手な方ご注意下さい⚠️ 初執筆なので、誤字脱字が多々だったり、色々話がおかしかったりと変かもしれません(><)温かい目で見守ってください◀

処理中です...