【第２部完結！】(R18)僕とあいつのいちゃラブな日々

第１部

第１７話 彼岸にて

　宿で借りた下駄を履いて砂浜に出る。海風がまだ熱を持つ僕の体を気持ちよく冷ましてくれた。太陽は西の海に沈みかけ、空は少しずつオレンジ色に染まっていく。絵に描いたような美しさだ。

「下駄は歩きにくいな」

　背も高く足も長い佐山。わざと波打ち際を歩くのだが、夕日を背にして絵になり過ぎだ。彫の深い濃い顔してるくせに、浴衣が似合う。僕らの他にも散歩に洒落込む旅行客は多く。男も女も漏れなく佐山に目を向けている。

「浴衣、もう少し襟を閉めろよ」

　襟を開けすぎて、おまえの逞しい胸板が丸見えだろ。僕は少しムッとして、佐山の両襟を持って正す。

「そうか？　浴衣ってこういうふうに着るんだろ？」
「だから、前を開けすぎなんだよ」

　僕は唇をやや尖らし気味にそう言った。

「そうかぁ？　あれ、倫、顔が赤いけど……」
「夕日のせいだよ。ほら、おまえの背中も朱に染まってる」

　僕の頬が赤いのは夕日のせいじゃないけれど、本当に世界が朱に染まってる。なんとも不思議で美しい。

「本当だ。波の音だけが響いて、まるで別世界だ」

　僕はふと、このところずっと考えていたことが頭を過った。ライブツアーの打ち上げでの出来事。佐山の音楽活動はこのままでいいのか。

「あのさ、佐山……」
「うん？　どうした？」

　海に太陽の光が反射して輝いている。波はそれをかき混ぜながら、より複雑に僕の瞳に届けた。その真ん中でこちらを振り向いている佐山。まるでおまえのためにその光たちがあるみたいだ。

「いや、綺麗だなって思っただけだよ」

　僕は眩しそうに眼を瞬く。佐山に今、この話はしたくない。こんなに気持ちも穏やかであたりは瞳に溶け込むほど美しいのに、不協和音を立てたくなかった。言いだすと、きっと少なからず口論になることはわかっている。この旅が終わるころ、改めて話をすればいい。

「ああ、海も夕日も綺麗だな」

　佐山は僕の方に歩みを進めると、バックハグをする。

「お、おい……」

　佐山を見ていた旅行客たちの視線が一層熱くなった。

「人が見てるじゃないか」
「それがどうした？　俺は１ミリも気にしない。俺はあんたを抱きしめたいだけだ。この、美しい世界のまんなかで」

　そう言うと、佐山は僕のこめかみあたりにキスをした。僕は胸の前で組まれた佐山の腕に手を添える。そうだな。僕も同じだよ。
　足先のすぐ前まで、波が寄せてくる。足が濡れて砂に塗れた。

　――――ずっとこうしていたい。ここはきっとあの世との境目、彼岸なんだ。

　時が止まったような浜辺で。僕は佐山と日が沈みきるまでそうしていた。