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第58話 困った癖
しおりを挟む「あと5回」
「うぐぐっ」
僕は厳しいトレーナーの指示通り、残り5回をなんとかクリアした。
「誰それ……知らないけどな」
とりあえずバックレる。なんでその名前が出てきたんだ。
「鮎川零さんってラノベ作家なんですよ。まあ、ペンネームが同姓なだけですけど」
「ふ……ふううん。ラノベには詳しくないから」
「そうなんですかあ。いや、実はこの間本屋行ったら、その人の新刊が出るみたいで」
物凄く嫌な予感がする……。
「宣伝ポスターが貼ってあったんですけどね。その主人公のイラストが、九条さんの雰囲気そっくりだったんですよっ」
やっぱり……。まあイラストだし、生身の人間とは別物だけど。筋肉自慢の肉体や長い髪は、知ってる人なら思うよなあ。
「へえ、そうなんだ。九条さんに似てるイラストならさぞかし素敵だろうね」
「それはもう。イケメンは当然ですけどロンゲで筋肉隆々で。そこは九条さんより凄かったですけど」
そりゃそうだ。アライジャは戦士だもん。トロイのブラピくらいは隆々してなきゃ。
「でもロンゲで筋肉隆々なんて、あの『異世界アニメ』なんかにもよくあるキャラじゃん」
自分で言う虚しさ。舞原さんめっ!
「まあ。そうですよね。それに今は九条さん髪切ったからなあ」
そう。それは僕も思った。髪を切った九条さんは、アライジャの印象から離れた感じ。でも僕としてはセクシーさが増して歓迎だし、タイミングは良かったかも。
「さ、もういい? 次行くよ」
「あ、はい。もちろんですっ」
いずれはバレるかもしれないけど、今はまだ隠しておきたい。特に舞原さんには。僕はそれ以上その話には乗らず、さっさと次のマシンに取り組んだ。
シャワーを浴びてすっきり。着替えを済ませたら、ちょうど神崎さんも個室から出てきた。僕らはちらりと目で合図。そのまま別々に駐車場に降りた。
「ふふふ。なんか社内恋愛してるみたいで面白い」
駐車場の入口で、神崎さんがそう言って笑った。
「誰もいなかったのにね」
「用心に越したことはないよ」
これからお互いの車で神崎さんのマンションに向かう。僕の車はそこに置き、ランチデート。
最後は彼の部屋に戻るので最近はこのコースが多い。たまにジムから神崎さんの車で遠出するときもあるけど、その時は彼がジムまで送ってくれる。
「今日は私の家でランチしましょう。昨日のうちに仕込んでおきました」
実は神崎さんは料理男子なんだ。今までも夜ごはんを御馳走してくれたことがある。
「それは嬉しいな。御馳走になります」
神崎さんは色々気が付く人でマメだ。ジムでの振舞いやデートの面倒なこと全部、神崎さんが考え僕にレクチャーしてくれる。
『社内恋愛みたいで面白い』
というお言葉からも、今までいろんな場面での危ない恋愛を経験してたことが窺われる。これは僕の根拠のない妄想じゃないんだ。
『そうですねえ。いえ、私にも実は困った癖があるんですよ』
先日購入した雑誌、一番の目玉は神崎さんのインタビュー記事だった。幼少期の話から現在の仕事、プライベート等など、結構な量だ。その中のある一文、僕の心臓が激しく反応した。
『私、他人が……とりわけ憧れてる人が大切にしてるもの、欲しくなるんです』
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