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第49話 最低な男

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 九条さんがパリに旅立ってからひと月が過ぎた。最初は三週間で帰国すると言ってたけど、延びに延びてる。
 もし、あのことがなかったら、僕はヤキモキしてどんなにか切ない日々を送っていたか。とはいえ、別のことで随分切ないことになっちゃってるけど。

 帰ってこない現実には、意外にも平常心でいる。正直なところ、元々3週間で帰国できるわけないと思っていた。ああいうのは延びるのが普通でしょ? 九条さんは僕を安心させようと嘘を吐いたんだってわかってた。
 そして今、ひと月経っても帰国の報がないのは、色々思うところがある。

 ――――もしかして、あの青い目の彼とねんごろになって帰るの嫌になっちゃってたり。

 なんてね。あとは、僕と顔を合わすのが嫌で、実はもう帰国してるとか。そうなってても仕方ないかな。
 けど、僕の方も一体どうしたいのか。神崎さんは僕と九条さんになにかあったのは承知してるようだけど、別れたかどうかは知らないはずだ。聞いてこないのは、僕の気持ちを思ってなのか、それとも興味ないのか。

 ――――興味がないってことは、浮気上等ってわけだ。僕と本気で付き合う気はないってことになる。

 僕はその中途半端な関係に甘えている。九条さんが帰ってきたら、彼との関係は再開するだろう。
 でも神崎さんともそのまま続けたいのだ。自分で自分が嫌になるけど、結局そういうことになる。

 九条さんに別れを告げることも出来ないし、神崎さんに彼が帰って来たんで、じゃっ。とも言えない。恐らく神崎さんはそれをわかってる。

 ――――やっぱり僕は、最低な男だな。

 小泉さんに蹴りを入れられそうだ。こんなことをグダグダ思ってるので、九条さんの帰国が遅れているの、実はホッとしてんだよね。

「鮎川さん、なにボゥッとしてんですか。ほら、あと1セット残ってますよっ」
「あ、ああ、ホントだ。よいしょっ」
「声は出さない」
「はあい」

 元気なのは舞原さんだけか。でも、彼の白い歯キラリ笑顔を見ると、その元気をいくらかもらえた気がする。ジムをこうして続けられているのは、彼のおかげも大きいよな。



 火曜日は黙々とトレーニングに励み、金曜日はジムの後、神崎さんとデート。
 神崎さんは僕をハイソな世界に連れて行ってくれる。締めはいつもタワマンのダブルベッド。僕は彼の慣れた手練手管に十分過ぎるほど満足した。

 九条さんからは業務連絡のようなメールが時々届き、僕はそれに丁寧に返していた。あれからビデオ電話はおろか、通話すらしていない。それでも、会いたい気持ちに嘘はなかった。
 



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