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第12話 恋してるでしょ。
しおりを挟む小説家や脚本家、エッセイスト等など、多くの文筆業の方々は夜型が多い。深夜、街が闇に沈みかえったころから俄然元気が出てきて、朝の光が窓を擦るようになると力尽く。
けど、僕は別に時を選ばない。確かに日付が変わった頃に目が爛々とし、キーボードを叩きまわることもあるけれど、朝起きぬけに捗ることもある。もちろん、昼間も文章が浮かぶ全日制だ。
昨日のラブラブ過ぎる1日の後、疲れからか夜はぐっすり寝てしまった(ジムの後ということもある)。そして早朝、珈琲片手に執筆中だ。今日は午後から担当の小泉さんが来るので、それまでにもう少し書いておきたい。
舞台は砂漠とオアシスがほとんど。見た目からワイルドなアライジャだけど、実は優しく可愛いところもある。そんなシーンをさりげなく入れる。
けど、残念だけど思いを寄せる彼女と恋仲になることはない。そこは恋愛小説全振りにするわけにいかないのでね。
――――そうだ。そろそろアライジャの相棒を準備しないと。
相棒。野性的なアライジャを支えるんだから、インテリ系を考えてる。クールに見えて実は情が深い。うーん、難しそうだけど、こういうのを書き分けるのが楽しいんだよね。
「こんにちはー。先生ご希望のお弁当、買ってきましたよ」
午後になって小泉さんがやって来た。都心からやってくる彼女は、いつもお弁当を買ってきてくれるんだ。今日は僕の大好きなデパ地下の洋食弁当。これ、美味しいんだよ。
「ありがとうございますっ」
「お茶入れますねえ」
勝手知ったるなんとやら。小泉さんは僕が滅多に立たないキッチンでいそいそとお茶の用意をしてくれた。僕は一旦執筆の手を止めソファーに座る。ちょうど休憩したいと思っていたところだったからちょうど良かった。
「あら?」
僕の湯呑と客用の湯呑、それに急須が載ったお盆をテーブルに置く。既にお弁当を食べ始めた僕を見て訝し気だ。
「な、なに? 仕事ちゃんとしてますよ」
どうにもこの方は苦手だ。いや、嫌いじゃない。本当にお世話になっているし、頼れる担当さんだ。けど、あまりに弱みを握られてるので……。
「うーん、先生、恋してるでしょ」
「ひっ! ゴホッ」
ローストビーフが喉に詰まるじゃないか。僕は慌ててお茶を含む。
「アチッ!」
「もう先生、慌てないでください」
猫舌なんだよ、僕は。けど、それも見越しての温度にはなってるんだ。熱かったけど火傷するようなことはなかった。
「バレバレですね。マジ」
小泉さんは自分用のおにぎりを手に持ったままため息を吐いた。
「まあ、はい」
「先生の小説に勢いが出てきたのは、結局そういうことだったんですね。でもそれはいいです。いい影響なら全然。私は大歓迎ですよ」
小泉さんはこれ見よがしに口角を上げる。
「あ、はい。ありがとう」
表情はともかく、好意的な言葉に僕は安堵し、エビフライを口に放り込んだ。
「ええ。後は出来るだけ早く仕上げてくださいね。恋が終わる前に」
まだかみ砕いていないエビフライを、そのまま飲みこんだのは言うまでもない。
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