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第6話

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  その日の教室は、僕だけの感想かもしれないけど、妙にピリピリしていた。鹿島さんと美原さんが同じグループなのは良くないとつくづく思う。

 ホタルイカの下ごしらえは、地道な作業だ。一個ずつ小さいイカの目と嘴、軟骨を取るんだけど、大きな手のみんなはとっても辛そう。特に鹿島さんの手は大きくて指も太いので、大変そうだった。
 僕はつい手を貸したくなったけど、冷たいオーラを纏っててなかなか手が出せない。対する美原さんは本当に予習してきたのか、サクサクやってる。多分元々器用なんだろうな。

「面倒ですが、これをすることで各段に美味しくなるので、頑張ってください」

 そう僕が声をかける。沢城さんも遅れていたのでそっと手を貸した。

「あ、ありがとうございます。先生」

 またまた無垢な笑顔を向けてくる。沢城さん、それ、狙ってるんじゃないよね? これで女性にモテないとか、絶対嘘だ。

「先生、これ、うまいこといかんわあ。イカだけに」

 松田さんのセリフにみんな笑い出した。親父ギャグにもほどがあるけど、場が和んだから有難い。僕はその空気に乗じて、進まない鹿島さんのイカに手を伸ばした。

「ありがとう。先生」

 鹿島さんがお礼を言ってくれた! やっぱり嬉しい。二人並んで黙々と作業をする。その幸せな感覚に溺れてたら、美原さんから突っ込みが。

「予習してきたの、間違いだったかなあ。僕も先生に手伝って欲しかった」
「ふふん。出来の悪い生徒ほど可愛いんだ」

 か、鹿島さん、なんてことを。

「美原さんは本当に手が早くて素晴らしいです。しかも出来上がりも綺麗ですよ」

 僕は火花を散らしている二人を宥めようと、美原さんを褒める。美原さんが相好を崩したので、事なきを得たかな? 僕が安堵の表情をしているのを、沢城さんが見ていた。思わず、笑みを返した。


 今日のレシピも、皆さんなかなかの腕前で仕上げることができ、ホタルイカのサラダとパスタが出来上がった。もう一品、僕が準備していたホタルイカと菜の花の揚げ物とともにいつもの大テーブルで食べる。うん、美味しい。みんなも満足そうだ。

「ホタルイカと言やあ、酢味噌和えみたいのばかりだったから、こういう垢ぬけたのもいいですなあ」

 小島さんが慣れない手つきでパスタを食べている。でも、気に入ってもらえて良かった。アラサートリオと比較的若者の松田さんは、スプーンとフォークを操り、次々と平らげている。
 今日も無事に終わった。僕は鹿島さんをちらちらと見るんだけど、僕の方を見てくれない。さすがにもう来てくれないよな。やっぱり連絡すれば良かった。彼も待ってたかもしれないのに。

 レッスン終わり、みんながエントランスに向かう。

「今日は無理言ってすみませんでした。今後は時間通り来ますね」

 なんて沢城さんが言うもんだから、みんなの耳がダンボになってた。僕は曖昧に頷くにとどめる。
 そこに、鹿島さんが近寄ってきた。少し長めの黒髪、不揃いなカットはウルフカットなのかな。アーティストみたいで似合ってる。

 ――――やっぱりカッコいい! 顔が熱くなってきたよ。

 また熱が出そうな僕のそばまでやってきた鹿島さん。僕の手に何か握らした。

「お疲れ様でした」

 いつもの抑揚のないしゃべり方で僕の前で会釈した。僕は手の中の何かが気になって、満足に受け答えもできず、彼の後ろ姿を見送った。


 全員が玄関から去ったのを見届けると、僕は急いで鹿島さんが握らせたものを確認した。そこにはメモ用紙のようなものが丸められていて、皺を伸ばすようにして中身を見ると、数字の羅列が。
 うん、これは間違いなく電話番号だ。それ、僕知ってるんだけど、要するに電話しろってことだよね。あ、書いてあった。

『連絡待ってる』

 うわ、この一言が鹿島さんらしくていいっ! もう美原さんのことなんかさっさと忘れて電話しよう! 眼鏡男子が尋ねてきても無視すればいいんだ。あ、でも、ごめんなさい、美原さん。やっぱり僕は、鹿島さんが好き……みたいだ。


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