そして悲しみは夜を穿つ

夜野綾

文字の大きさ
上 下
97 / 181

97 蒲田にて(23)

しおりを挟む
 木島のホテルは、いつもと変わらなかった。暗闇の中に心細い灯りを投げかけながら、汚れた建物は静かにたたずんでいる。木島はエレベーターに自分で鍵を差して動かし、2人は黙ったまま8階へ上がった。
 廊下を進み805号室へ来ると、木島が鍵を差し込む。ドアノブには防犯性の高い鍵が2つついていた。木島は手慣れた仕草でそれらを開錠すると、ドアの上に手を伸ばして紙片を取った。
「……オレに見せていいの?」
「お前は忍び込んだりする動機がないんじゃないか?」
「まぁ……そうか」
 力なく笑う。
 部屋に入ると、木島はエアコンの温度を上げた。
「どうする? 風呂に入った方がいいと思うが」
「……入ります」
 まただ。最初に来た時と同じように、木島はバスルームへ入っていき、れんのために準備をしてくれる。
 細やかな人だ。考えてみれば、この人は暇さえあれば仕事をしている。海に行く前も、意識のない怜を傍らに眠らせその頬を撫でながら、この人はベッドの上で書類を読んでいた。
 『政府』の人間は利害関係だけで動き、物資を独占して贅沢な生活をしているだけで、東京の復興になんか興味ない。
 それが怜たち、東京の人間のイメージだった。でも実際に木島の様子を見ていると、とても真面目だ。バスルームから出てくると、木島はクローゼットから怜のためにスエットの上下と下着を出し、畳んだバスタオルとフェイスタオルを出し、ベッドの縁にきっちり並べている。それが終わると執務デスクへ行き、ノートパソコンをチェックしている。
「あの」
「どうした?」
 低く穏やかな声。
「あなたは、お風呂に入らないんですか?」
 木島が顔を上げた。
「君の後で、気が向いたら使う。まず君の冷え切った体を温めた方がいい」
「でも、あなたはずっとオレの話を聞いてた。あなたの方が冷えてるんじゃ」
 柔らかい微笑み。
「気遣いは嬉しいが、私は少し仕事のメールをチェックしたい。のんびり入ってくるといい」
 そう言われてしまうと、何も言えない。お湯が入るまでの間どうすればいいのかもわからず、怜は途方に暮れて突っ立っていた。木島はすばやくノートパソコンを操作するとパタンと閉じ、怜の方へ戻ってきた。
「すまない。色々とやることが多くて」
「いえ……あの……」
 ダイニングテーブルの椅子を引かれ、怜はおずおずと座る。木島はバスルームの様子を見てから、怜の隣に座った。
「仕事、たくさんあるんですか?」
「そうだな。君が考えているよりは多いかもしれない。ほったらかしで申し訳ない。……恋人のように振る舞ってほしいか?」
「いえ!」
 思ったより強い口調になってしまい、怜は焦って木島の目を伺った。想像していたのとは違う視線とぶつかる。からかうような目だった。
「こ、恋人とかじゃない」
「そうだな。だが君が部屋にいるのに仕事をするのは礼儀に反する。悪かった」
 そうじゃない。オレが言いたいのは、この人が本当は自分にかまっている時間なんかないほど仕事に追われているのに、自分のために無理に時間を作っているような感じがする、ということだ。
 でもそれを口に出すと、それこそ変な感じがする。まるで、なんていうか、その……。
「オレが言いたいのは、仕事が忙しいなら、別にオレのことは放っておいていいんじゃないかって」
 頬に血が上る。この言い方も変だ。自分が拗ねているみたいだ。
 木島が苦笑しながら手を伸ばし、気遣うように怜の唇に触れた。
「すまなかった。君を放っておきたくはないんだ。気をつけるよ」
 そうじゃない。そうじゃなくて。
「だってオレと会うのも、その、仕事のためだって……言いましたよね?」
「そういえばそうだな。あのチンケな独裁者気取りの男を排除しないと、私の仕事が滞る。君は手伝ってくれることにしたのか?」
「……なんか話が変わってませんか?」
「そうか?」
 会話を楽しむように、木島は笑った。指先はずっと怜の唇にとどまっている。柔らかい膨らみをなぞり、軽く押す。
 こ、これ……どうするべきなんだ?
 木島が不意に身を起こした。顔が近づく。キス、される。
 肩透かしだった。木島は立ち上がり、バスルームへ行ってしまった。
「風呂の準備ができた。ゆっくり温まっておいで」
 今の、何だったんだろう?
 腑に落ちない感覚のまま、押し込まれるようにして怜はバスルームに向かった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

土方の性処理

熊次郎
BL
土方オヤジの緒方龍次はある日青年と出会い、ゲイSEXに目醒める。臭いにおいを嗅がせてケツを掘ると金をくれる青年をいいように利用した。ある日まで性処理道具は青年だった、、、

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

処理中です...