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80 【2年前】(57)
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2人が起きだしたのは朝の8時頃だった。一緒にシャワーを使うと、とりあえず身支度をする。
果てると同時に寝落ちたのは初めてで、サキはレンに申し訳なく思った。レンは自分でサキの下から抜け出して後処理をしたらしい。謝ると、レンは微笑んでサキの頬に唇をつけた。
「オレ、ちゃんと薫さんに『お返し』できて嬉しかったけど?」
からかうような目で笑うと、レンは冷蔵庫に頭を突っ込む。
ひとまず、レンは怒っていないらしい。そう思ったとたん、体が軽いことに気付いた。長い間自分の体に影響を与えていた心のこわばりが取れ、ひどくすっきりした気分だった。
レンは冷蔵庫の中から例によってプリンを引っ張り出し、しげしげ眺めている。不意に我慢できなくなって、サキはその背中に近づき、後ろからレンをぎゅうぎゅう抱き締めた。
「ちょ、薫さん、今日は大変な一日になるんでしょ? 朝ごはん」
「大変だから充電するんだろ」
抗議の声を無視して、うなじに顔をうずめる。ふわりと漂う石鹸の香を吸い込み、なめらかな肌に頬をすりつける。
「もう……オレのうなじ、そんなに好き?」
「作戦を取りやめて、あと数日ここに籠っていたいと思う程度には好きだな」
えぇ? という呆れた声を出すと、レンは力を抜いた。サキを背中にくっつけたまま自分のことを続ける気になったらしい。キッチンに向かって手を伸ばし、スプーンを取ろうとしている。レンを抱き締めたまま、横目でそれを見る。
「もしかして、朝っぱらからプリンを食うつもりか?」
「だめ?」
渋々うなじから顔を上げる。
「それは食事じゃないだろ」
「プリン食べたら適当にパン食べる」
「いや昨日色々買ったろ」
こいつに何か食わせないと。
サキはそれに思い至り、ようやくレンから離れた。自分も冷蔵庫に頭を突っ込み、買っておいたミニトマトと卵を取り出す。6個パックを買ったから、卵はまだ4個ある。
「怜、卵食べるか?」
「ん……食べる」
プリンの説明をしげしげ眺めているレンに手を伸ばし、サキはプリンを取り上げた。
「せめて朝飯を食べてからにしろ」
「は~い」
素直に言ったレンは、冷蔵庫から牛乳の小さなパックを取り出した。サキは卵を手に取って振り向く。
「ゆで卵でいいか?」
「う~ん、半熟卵は苦手……」
「固ゆで?」
「……でも黄身がもそもそになるまで加熱するのも、あんまり好きじゃない」
サキはにっこり笑った。レンが何も考えずに自分の要求を言ってくるのが楽しい。初対面の時や人質になっていた時のように部屋の隅っこで黙って小さくなっているより、こうしてリラックスして好きなものを言う方がずっといい。
ホテルから借りた道具の中からボウルを引っ張り出しながら、サキは言った。
「スクランブルエッグならどうだ? 弱火でじっくり作ると、ちゃんと火が通っていてもとろとろでうまいぞ」
好奇心の混ざった目で、レンが見上げてくる。
「おいしい?」
「ああ。お前、料理は?」
「……ばあちゃんの手伝いしか、したことない」
サキはボウルに卵を割り入れた。レンがもう一個取り、キッチンの角におそるおそるぶつける。卵には、かすかにヒビが入っただけだ。不器用な手つきだった。サキはそっと卵を取り上げ、割ってやった。
「難しいね」
「慣れだろ。何回もやってるうちに上手になる」
「でも……オレ、ばあちゃん手伝ってる頃も下手だった……」
「気にすることなんかない。上達する速さなんて人それぞれだ」
残りの卵も割り入れ、部屋にあったコーヒーセットの砂糖と、小瓶で買った塩コショウを適当に入れる。レンが飲もうとしていた牛乳を少し横取り。
サキが割り箸で卵をかき混ぜる手つきを、レンは隣で目を丸くして見ていた。
「トースターがないから、パンを電子レンジで温めてくれ」
そう言われると、レンはうなずきパンの袋を持ち上げた。レンジに入れると戻ってきて、サキがフライパンに流し込んだ卵を見つめる。
サキは黙ったまま、数分かけてスクランブルエッグを作った。
他愛ない朝の風景。何ということのない平和な時間。
数時間前、俺たちは甘く蕩けるセックスをしていた。
数時間後、俺たちは銃を握る。
人生は矛盾に満ちている。生きることと死ぬこと、生かすことと殺すこと。だが、他に何ができる? 俺たちができるのは、結局、交互にくる状況の輪の中をハムスターのように走ることだけだ。
朝食は最高だった。パンに乗せたスクランブルエッグを頬張り、レンは朗らかに笑った。窓から射し込む日の光だけが、2人の幸福な時間を見届けていた。
果てると同時に寝落ちたのは初めてで、サキはレンに申し訳なく思った。レンは自分でサキの下から抜け出して後処理をしたらしい。謝ると、レンは微笑んでサキの頬に唇をつけた。
「オレ、ちゃんと薫さんに『お返し』できて嬉しかったけど?」
からかうような目で笑うと、レンは冷蔵庫に頭を突っ込む。
ひとまず、レンは怒っていないらしい。そう思ったとたん、体が軽いことに気付いた。長い間自分の体に影響を与えていた心のこわばりが取れ、ひどくすっきりした気分だった。
レンは冷蔵庫の中から例によってプリンを引っ張り出し、しげしげ眺めている。不意に我慢できなくなって、サキはその背中に近づき、後ろからレンをぎゅうぎゅう抱き締めた。
「ちょ、薫さん、今日は大変な一日になるんでしょ? 朝ごはん」
「大変だから充電するんだろ」
抗議の声を無視して、うなじに顔をうずめる。ふわりと漂う石鹸の香を吸い込み、なめらかな肌に頬をすりつける。
「もう……オレのうなじ、そんなに好き?」
「作戦を取りやめて、あと数日ここに籠っていたいと思う程度には好きだな」
えぇ? という呆れた声を出すと、レンは力を抜いた。サキを背中にくっつけたまま自分のことを続ける気になったらしい。キッチンに向かって手を伸ばし、スプーンを取ろうとしている。レンを抱き締めたまま、横目でそれを見る。
「もしかして、朝っぱらからプリンを食うつもりか?」
「だめ?」
渋々うなじから顔を上げる。
「それは食事じゃないだろ」
「プリン食べたら適当にパン食べる」
「いや昨日色々買ったろ」
こいつに何か食わせないと。
サキはそれに思い至り、ようやくレンから離れた。自分も冷蔵庫に頭を突っ込み、買っておいたミニトマトと卵を取り出す。6個パックを買ったから、卵はまだ4個ある。
「怜、卵食べるか?」
「ん……食べる」
プリンの説明をしげしげ眺めているレンに手を伸ばし、サキはプリンを取り上げた。
「せめて朝飯を食べてからにしろ」
「は~い」
素直に言ったレンは、冷蔵庫から牛乳の小さなパックを取り出した。サキは卵を手に取って振り向く。
「ゆで卵でいいか?」
「う~ん、半熟卵は苦手……」
「固ゆで?」
「……でも黄身がもそもそになるまで加熱するのも、あんまり好きじゃない」
サキはにっこり笑った。レンが何も考えずに自分の要求を言ってくるのが楽しい。初対面の時や人質になっていた時のように部屋の隅っこで黙って小さくなっているより、こうしてリラックスして好きなものを言う方がずっといい。
ホテルから借りた道具の中からボウルを引っ張り出しながら、サキは言った。
「スクランブルエッグならどうだ? 弱火でじっくり作ると、ちゃんと火が通っていてもとろとろでうまいぞ」
好奇心の混ざった目で、レンが見上げてくる。
「おいしい?」
「ああ。お前、料理は?」
「……ばあちゃんの手伝いしか、したことない」
サキはボウルに卵を割り入れた。レンがもう一個取り、キッチンの角におそるおそるぶつける。卵には、かすかにヒビが入っただけだ。不器用な手つきだった。サキはそっと卵を取り上げ、割ってやった。
「難しいね」
「慣れだろ。何回もやってるうちに上手になる」
「でも……オレ、ばあちゃん手伝ってる頃も下手だった……」
「気にすることなんかない。上達する速さなんて人それぞれだ」
残りの卵も割り入れ、部屋にあったコーヒーセットの砂糖と、小瓶で買った塩コショウを適当に入れる。レンが飲もうとしていた牛乳を少し横取り。
サキが割り箸で卵をかき混ぜる手つきを、レンは隣で目を丸くして見ていた。
「トースターがないから、パンを電子レンジで温めてくれ」
そう言われると、レンはうなずきパンの袋を持ち上げた。レンジに入れると戻ってきて、サキがフライパンに流し込んだ卵を見つめる。
サキは黙ったまま、数分かけてスクランブルエッグを作った。
他愛ない朝の風景。何ということのない平和な時間。
数時間前、俺たちは甘く蕩けるセックスをしていた。
数時間後、俺たちは銃を握る。
人生は矛盾に満ちている。生きることと死ぬこと、生かすことと殺すこと。だが、他に何ができる? 俺たちができるのは、結局、交互にくる状況の輪の中をハムスターのように走ることだけだ。
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