56 / 181
56 【2年前】(33)
しおりを挟む
深夜になって、サキは目を覚ました。つけっぱなしの電気がまぶしい。体がまた痛みだしてはいたが、我慢できないほどではなかった。
腕の中でレンがもぞもぞ動いている。
「眠れないか?」
「……なんか、目が覚めちゃった」
「そうか」
サキは身を離してレンの顔をのぞきこんだ。恥ずかしそうな顔で唇を噛んでいる。
「あの、ごめんなさい」
「何が?」
「いっつも、話の途中ですぐ寝ちゃう」
穏やかに抱き締めて、サキは静かに言った。
「気にしなくていい。おそらくストレスで精神が焼き切れないように自動的に電源が落ちるようになってるんだろう。パソコンみたいだな……」
「よく怒られるんです」
「怒ったって解決しないだろう? 悪化するだけだと思うんだけどな。俺は、お前が寝ている時に一緒に寝ると落ち着くから大歓迎だ。いつでも肩を貸すから言ってくれ」
「……サキさんだけです、そういうこと言うの」
「そうなのか?」
驚いてみせると、レンの体から力が抜けた。ゆっくりと背中をさする。
「歯を磨いて、シャワーを浴びて、ちゃんと部屋を暗くして寝直した方がいい。そういえば歯ブラシも調達してきてくれたんだな」
「だって、なんか、口の中が気持ち悪くて」
「そうだな」
並んで歯を磨いている間も、レンは眠そうだった。時折手が止まる。サキはレンの体を引き寄せ、洗面台に座らせた。
「じぶんで、みがく」
舌足らずな言い方を可愛らしく思いながら、サキは優しく歯ブラシを取り上げた。
「いいから、口を開けてみろ」
ぐらぐらする頭をそっと押さえて、サキは無心で歯を磨いてやった。歯並びはいい方だ。歯ブラシ、歯磨き粉、コップにタオル。細々した物を調達するのに、どれだけ神経を使っているのだろうか。レンは父親に振り回され嫌悪しながらなお、したたかに自分の目的を達成する強さを隠している。
その必死さが、サキには愛おしかった。自分の人生がうまくいかないことを、あの父親のせいにすれば楽なのに、レンはそうしない。常に他人にツケを払わせる父親とは大違いだ。
なんとなく思う。今はまだ力が足りていないけれど、誰かが腕に抱いて心ゆくまで眠らせてやれば、きっとレンは父を倒して自分の人生を手に入れられる。
丁寧に奥歯の裏まで磨く間、レンはサキを信頼しきって壁に頭を預け、口を開けたまま寝ている。
動物として最も弱い場所を自分に晒すレンが、サキには面白い。ずいぶん無防備なスパイもいたものだ。経験上、言い寄ってくる敵がサキには体感でわかる。キスを避ける、あるいは舌を軽く噛んだ時にわずかに体を引く。本人さえ意識しないそうした小さな仕草を読み取れば、見抜くのは難しくない。おまけに、敵意は体臭や味に影響を与え、セックスをえぐみのある苦いものにする。
その鋭い感覚ゆえに、サキはこの6年、ほとんど誰とも体を重ねてこなかった。レンは違う。最初から、レンの感覚はサキと交わり合った。甘く滴る欲望は溶け合い、触れ合った粘膜にはうねりのような快楽が生まれた。
サキがレンを最初から信用したのは、そうした動物的な感覚ゆえにだった。だから歯磨きは楽しかった。レンもまた、こうした動物的な勘に優れているからこそ、サキを信頼し、口の中をいじらせたまま、ぐうぐう寝ている。
不思議な交歓だった。
うっとりと目をつぶるレンのために、サキは硬いプラスチックの先端を揺する。ブラシが歯の繊細な隙間に潜りこみ、快感を残して不浄を洗う。
「……レン、起きろ。自分で口をゆすげるか?」
名残惜しい気分で声をかけると、レンは目をこすって洗面台から降りた。
「ん……」
ふらふら立っているレンのために、サキはコップに水を入れて持たせてやる。レンはぼんやりしたまま口をゆすいだ。
「ほら、寝るぞ? 来られるか?」
目が開いていない。サキはレンの手を引いたまま電気を暗くし、マットレスに戻った。
「おいで。一緒に寝よう」
「ん」
促されるまま素直に横たわったレンは、サキにはお馴染みになった仕草で額を胸にこすりつけ、すべての力を抜いてことんと眠りに落ちた。
「おやすみ」
心をこめてそう言うと、サキはやっと包み込めた温もりに安堵の溜息をついた。
腕の中でレンがもぞもぞ動いている。
「眠れないか?」
「……なんか、目が覚めちゃった」
「そうか」
サキは身を離してレンの顔をのぞきこんだ。恥ずかしそうな顔で唇を噛んでいる。
「あの、ごめんなさい」
「何が?」
「いっつも、話の途中ですぐ寝ちゃう」
穏やかに抱き締めて、サキは静かに言った。
「気にしなくていい。おそらくストレスで精神が焼き切れないように自動的に電源が落ちるようになってるんだろう。パソコンみたいだな……」
「よく怒られるんです」
「怒ったって解決しないだろう? 悪化するだけだと思うんだけどな。俺は、お前が寝ている時に一緒に寝ると落ち着くから大歓迎だ。いつでも肩を貸すから言ってくれ」
「……サキさんだけです、そういうこと言うの」
「そうなのか?」
驚いてみせると、レンの体から力が抜けた。ゆっくりと背中をさする。
「歯を磨いて、シャワーを浴びて、ちゃんと部屋を暗くして寝直した方がいい。そういえば歯ブラシも調達してきてくれたんだな」
「だって、なんか、口の中が気持ち悪くて」
「そうだな」
並んで歯を磨いている間も、レンは眠そうだった。時折手が止まる。サキはレンの体を引き寄せ、洗面台に座らせた。
「じぶんで、みがく」
舌足らずな言い方を可愛らしく思いながら、サキは優しく歯ブラシを取り上げた。
「いいから、口を開けてみろ」
ぐらぐらする頭をそっと押さえて、サキは無心で歯を磨いてやった。歯並びはいい方だ。歯ブラシ、歯磨き粉、コップにタオル。細々した物を調達するのに、どれだけ神経を使っているのだろうか。レンは父親に振り回され嫌悪しながらなお、したたかに自分の目的を達成する強さを隠している。
その必死さが、サキには愛おしかった。自分の人生がうまくいかないことを、あの父親のせいにすれば楽なのに、レンはそうしない。常に他人にツケを払わせる父親とは大違いだ。
なんとなく思う。今はまだ力が足りていないけれど、誰かが腕に抱いて心ゆくまで眠らせてやれば、きっとレンは父を倒して自分の人生を手に入れられる。
丁寧に奥歯の裏まで磨く間、レンはサキを信頼しきって壁に頭を預け、口を開けたまま寝ている。
動物として最も弱い場所を自分に晒すレンが、サキには面白い。ずいぶん無防備なスパイもいたものだ。経験上、言い寄ってくる敵がサキには体感でわかる。キスを避ける、あるいは舌を軽く噛んだ時にわずかに体を引く。本人さえ意識しないそうした小さな仕草を読み取れば、見抜くのは難しくない。おまけに、敵意は体臭や味に影響を与え、セックスをえぐみのある苦いものにする。
その鋭い感覚ゆえに、サキはこの6年、ほとんど誰とも体を重ねてこなかった。レンは違う。最初から、レンの感覚はサキと交わり合った。甘く滴る欲望は溶け合い、触れ合った粘膜にはうねりのような快楽が生まれた。
サキがレンを最初から信用したのは、そうした動物的な感覚ゆえにだった。だから歯磨きは楽しかった。レンもまた、こうした動物的な勘に優れているからこそ、サキを信頼し、口の中をいじらせたまま、ぐうぐう寝ている。
不思議な交歓だった。
うっとりと目をつぶるレンのために、サキは硬いプラスチックの先端を揺する。ブラシが歯の繊細な隙間に潜りこみ、快感を残して不浄を洗う。
「……レン、起きろ。自分で口をゆすげるか?」
名残惜しい気分で声をかけると、レンは目をこすって洗面台から降りた。
「ん……」
ふらふら立っているレンのために、サキはコップに水を入れて持たせてやる。レンはぼんやりしたまま口をゆすいだ。
「ほら、寝るぞ? 来られるか?」
目が開いていない。サキはレンの手を引いたまま電気を暗くし、マットレスに戻った。
「おいで。一緒に寝よう」
「ん」
促されるまま素直に横たわったレンは、サキにはお馴染みになった仕草で額を胸にこすりつけ、すべての力を抜いてことんと眠りに落ちた。
「おやすみ」
心をこめてそう言うと、サキはやっと包み込めた温もりに安堵の溜息をついた。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話
ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。
悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。
本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
俺の番が変態で狂愛過ぎる
moca
BL
御曹司鬼畜ドSなα × 容姿平凡なツンデレ無意識ドMΩの鬼畜狂愛甘々調教オメガバースストーリー!!
ほぼエロです!!気をつけてください!!
※鬼畜・お漏らし・SM・首絞め・緊縛・拘束・寸止め・尿道責め・あなる責め・玩具・浣腸・スカ表現…等有かも!!
※オメガバース作品です!苦手な方ご注意下さい⚠️
初執筆なので、誤字脱字が多々だったり、色々話がおかしかったりと変かもしれません(><)温かい目で見守ってください◀
俺にはラブラブな超絶イケメンのスパダリ彼氏がいるので、王道学園とやらに無理やり巻き込まないでくださいっ!!
しおりんごん
BL
俺の名前は 笹島 小太郎
高校2年生のちょっと激しめの甘党
顔は可もなく不可もなく、、、と思いたい
身長は170、、、行ってる、、、し
ウルセェ!本人が言ってるんだからほんとなんだよ!
そんな比較的どこにでもいそうな人柄の俺だが少し周りと違うことがあって、、、
それは、、、
俺には超絶ラブラブなイケメン彼氏がいるのだ!!!
容姿端麗、文武両道
金髪碧眼(ロシアの血が多く入ってるかららしい)
一つ下の学年で、通ってる高校は違うけど、一週間に一度は放課後デートを欠かさないそんなスパダリ完璧彼氏!
名前を堂坂レオンくん!
俺はレオンが大好きだし、レオンも俺が大好きで
(自己肯定感が高すぎるって?
実は付き合いたての時に、なんで俺なんか、、、って1人で考えて喧嘩して
結局レオンからわからせという名のおしお、(re
、、、ま、まぁレオンからわかりやすすぎる愛情を一思いに受けてたらそりゃ自身も出るわなっていうこと!)
ちょうどこの春レオンが高校に上がって、それでも変わりないラブラブな生活を送っていたんだけど
なんとある日空から人が降って来て!
※ファンタジーでもなんでもなく、物理的に降って来たんだ
信じられるか?いや、信じろ
腐ってる姉さんたちが言うには、そいつはみんな大好き王道転校生!
、、、ってなんだ?
兎にも角にも、そいつが現れてから俺の高校がおかしくなってる?
いやなんだよ平凡巻き込まれ役って!
あーもう!そんな睨むな!牽制するな!
俺には超絶ラブラブな彼氏がいるからそっちのいざこざに巻き込まないでくださいっ!!!
※主人公は固定カプ、、、というか、初っ端から2人でイチャイチャしてるし、ずっと変わりません
※同姓同士の婚姻が認められている世界線での話です
※王道学園とはなんぞや?という人のために一応説明を載せていますが、私には文才が圧倒的に足りないのでわからないままでしたら、他の方の作品を参照していただきたいです🙇♀️
※シリアスは皆無です
終始ドタバタイチャイチャラブコメディでおとどけします
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる