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25 蒲田にて(14)
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ホテルの裏手に止められていたメルセデスに、怜は目を丸くした。
「おい……なんでこんな車で来てるんだ、あんた」
「国産車は盗難に合うかスクラップになるか、いずれにしても帰りはヒッチハイクになる。だが外国車なら、一目で『政府』の人間だとわかるから、誰も手を出さない」
「なるほど……」
おそるおそる助手席に乗る。本当は歩いて帰りたかったのに、木島が送ると言ってきかなかったからだ。
「なぁやっぱり、食堂の少し手前の見えないところまでにしてくれないか」
何度目かになる交渉を持ちかけたが、木島は滑らかにステアリングを切りながら、肩をすくめた。
「言っただろう? 私と君は協定を結んだ。高遠には、私が君を気に入ったという報告が行かなければならない。密かに会うのではなく、私が実際に君を可愛がっているところを監視の連中に見せておく必要がある」
「だけど……」
「仕事に支障はないはずだ。ここは高遠のシマで、君は奴の息子。そして私は『政府』の人間だ。何らかの利権が絡んでいることは全員が理解できる。このシマでは、私は愚かにも金に目がくらみ、高遠と手を組んだクソ役人というわけだ」
「……」
なんとなく、言いくるめられた気がしないでもない。怜はしかたなく肘を窓枠について外を眺めた。日雇いの労働者たちが、今日の仕事を割り振られて出発するところだ。作業場所が遠いグループのバスやワンボックスが走り、その横を近くへ出る労働者が思い思いに歩いていく。木島の車はそうした流れとは逆に食堂に戻っていた。
数人が、目を丸くしてメルセデスを見る。埃に視界が霞む場所で、洗いたてのようなメルセデスは目立ち過ぎるのだ。
居心地が悪くて、怜は日差しが眩しいふりで顔を隠した。
「そういえば」
木島が手を伸ばし、助手席前のグローブボックスを開ける。ゆっくり運転しながら、中から封筒を出す。
「これを持って行け」
「何?」
「見ればわかる」
怜はそれを受け取り、中を見た。驚いたことに、20万ほどの現金が入っていた。
「おいこれ……なんだ?」
「金だ」
「金だっていうのはわかる。それをなんでオレに渡す?」
「だから言っただろう? 私は君を気に入らなければならない。君の体を可愛がり、次も楽しめるように、君がねだるものは何でも与える。見たところ、君の食堂は資金繰りがなかなか厳しいと見た。あれだけの食事を提供するには、かなり遠くまで行って農家と直接交渉しなければならなかったはずだ。売上に比べて、食事が良すぎる。持って行け」
低く落ち着いた声だった。
「いいか。こうして高遠の命令と私の庇護が明確に示されている限り、お前の立場は悪くならない。手に入るものはすべて使うんだ」
「……わかった。これはもらっておく」
冷静な頭で、怜はそれをポケットに入れた。ホテルを出る時に、木島に与えられたパーカーを着ている。新しい服を着て、こざっぱりと清潔な肌で大金を持って帰る。周囲から見れば一目瞭然だった。あの男は『政府』の野郎のペットだぜ。
結局、自分に選択肢は残されていない。駒として動かされ、権力者に抱かれていることを『お披露目』させられる自分が木島の正体を考えても無駄なのだ。もし木島があの人だったとしても、それはおそらく昔の彼ではない。自分は恨まれても仕方ないことをした。
歩くと20分かかる距離も、車だとすぐだ。見慣れた角を曲がると、食堂の前の大通りに出る。入口の前に、心配そうな顔をした沢城が立っていた。
木島はゆっくりとメルセデスを進めると、沢城の前で止めた。沢城は信じられないという顔だ。
しかも怜が車を降りようとした時、木島は突然怜の腕を掴み、抱き寄せて深い口づけをした。舌まで入れてたっぷり味わい、木島はニヤリと笑った。
「あんたな……」
「来週金曜の夜8時、次はここへ迎えに来る。逃げるなよ」
溜息をつくと、怜は車を降りた。
「怜さん! なん、何があったんです。ていうかあいつ誰です?!」
沢城の喚き声に耐える怜の後ろで、メルセデスは低いエンジン音を響かせて遠ざかる。あの野郎、こっちの面倒は一切考えずに帰って行きやがった。
さて、皆になんて言い訳するか。
朝っぱらからすべてのエネルギーを使い果たした気分で、怜は沢城の後ろから食堂に入っていった。
「おい……なんでこんな車で来てるんだ、あんた」
「国産車は盗難に合うかスクラップになるか、いずれにしても帰りはヒッチハイクになる。だが外国車なら、一目で『政府』の人間だとわかるから、誰も手を出さない」
「なるほど……」
おそるおそる助手席に乗る。本当は歩いて帰りたかったのに、木島が送ると言ってきかなかったからだ。
「なぁやっぱり、食堂の少し手前の見えないところまでにしてくれないか」
何度目かになる交渉を持ちかけたが、木島は滑らかにステアリングを切りながら、肩をすくめた。
「言っただろう? 私と君は協定を結んだ。高遠には、私が君を気に入ったという報告が行かなければならない。密かに会うのではなく、私が実際に君を可愛がっているところを監視の連中に見せておく必要がある」
「だけど……」
「仕事に支障はないはずだ。ここは高遠のシマで、君は奴の息子。そして私は『政府』の人間だ。何らかの利権が絡んでいることは全員が理解できる。このシマでは、私は愚かにも金に目がくらみ、高遠と手を組んだクソ役人というわけだ」
「……」
なんとなく、言いくるめられた気がしないでもない。怜はしかたなく肘を窓枠について外を眺めた。日雇いの労働者たちが、今日の仕事を割り振られて出発するところだ。作業場所が遠いグループのバスやワンボックスが走り、その横を近くへ出る労働者が思い思いに歩いていく。木島の車はそうした流れとは逆に食堂に戻っていた。
数人が、目を丸くしてメルセデスを見る。埃に視界が霞む場所で、洗いたてのようなメルセデスは目立ち過ぎるのだ。
居心地が悪くて、怜は日差しが眩しいふりで顔を隠した。
「そういえば」
木島が手を伸ばし、助手席前のグローブボックスを開ける。ゆっくり運転しながら、中から封筒を出す。
「これを持って行け」
「何?」
「見ればわかる」
怜はそれを受け取り、中を見た。驚いたことに、20万ほどの現金が入っていた。
「おいこれ……なんだ?」
「金だ」
「金だっていうのはわかる。それをなんでオレに渡す?」
「だから言っただろう? 私は君を気に入らなければならない。君の体を可愛がり、次も楽しめるように、君がねだるものは何でも与える。見たところ、君の食堂は資金繰りがなかなか厳しいと見た。あれだけの食事を提供するには、かなり遠くまで行って農家と直接交渉しなければならなかったはずだ。売上に比べて、食事が良すぎる。持って行け」
低く落ち着いた声だった。
「いいか。こうして高遠の命令と私の庇護が明確に示されている限り、お前の立場は悪くならない。手に入るものはすべて使うんだ」
「……わかった。これはもらっておく」
冷静な頭で、怜はそれをポケットに入れた。ホテルを出る時に、木島に与えられたパーカーを着ている。新しい服を着て、こざっぱりと清潔な肌で大金を持って帰る。周囲から見れば一目瞭然だった。あの男は『政府』の野郎のペットだぜ。
結局、自分に選択肢は残されていない。駒として動かされ、権力者に抱かれていることを『お披露目』させられる自分が木島の正体を考えても無駄なのだ。もし木島があの人だったとしても、それはおそらく昔の彼ではない。自分は恨まれても仕方ないことをした。
歩くと20分かかる距離も、車だとすぐだ。見慣れた角を曲がると、食堂の前の大通りに出る。入口の前に、心配そうな顔をした沢城が立っていた。
木島はゆっくりとメルセデスを進めると、沢城の前で止めた。沢城は信じられないという顔だ。
しかも怜が車を降りようとした時、木島は突然怜の腕を掴み、抱き寄せて深い口づけをした。舌まで入れてたっぷり味わい、木島はニヤリと笑った。
「あんたな……」
「来週金曜の夜8時、次はここへ迎えに来る。逃げるなよ」
溜息をつくと、怜は車を降りた。
「怜さん! なん、何があったんです。ていうかあいつ誰です?!」
沢城の喚き声に耐える怜の後ろで、メルセデスは低いエンジン音を響かせて遠ざかる。あの野郎、こっちの面倒は一切考えずに帰って行きやがった。
さて、皆になんて言い訳するか。
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