そして悲しみは夜を穿つ

夜野綾

文字の大きさ
上 下
25 / 181

25 蒲田にて(14)

しおりを挟む
 ホテルの裏手に止められていたメルセデスに、れんは目を丸くした。
「おい……なんでこんな車で来てるんだ、あんた」
「国産車は盗難に合うかスクラップになるか、いずれにしても帰りはヒッチハイクになる。だが外国車なら、一目で『政府』の人間だとわかるから、誰も手を出さない」
「なるほど……」
 おそるおそる助手席に乗る。本当は歩いて帰りたかったのに、木島が送ると言ってきかなかったからだ。
「なぁやっぱり、食堂の少し手前の見えないところまでにしてくれないか」
 何度目かになる交渉を持ちかけたが、木島は滑らかにステアリングを切りながら、肩をすくめた。
「言っただろう? 私と君は協定を結んだ。高遠には、私が君を気に入ったという報告が行かなければならない。密かに会うのではなく、私が実際に君を可愛がっているところを監視の連中に見せておく必要がある」
「だけど……」
「仕事に支障はないはずだ。ここは高遠のシマで、君は奴の息子。そして私は『政府』の人間だ。何らかの利権が絡んでいることは全員が理解できる。このシマでは、私は愚かにも金に目がくらみ、高遠と手を組んだクソ役人というわけだ」
「……」
 なんとなく、言いくるめられた気がしないでもない。怜はしかたなく肘を窓枠について外を眺めた。日雇いの労働者たちが、今日の仕事を割り振られて出発するところだ。作業場所が遠いグループのバスやワンボックスが走り、その横を近くへ出る労働者が思い思いに歩いていく。木島の車はそうした流れとは逆に食堂に戻っていた。
 数人が、目を丸くしてメルセデスを見る。埃に視界が霞む場所で、洗いたてのようなメルセデスは目立ち過ぎるのだ。
 居心地が悪くて、怜は日差しが眩しいふりで顔を隠した。
「そういえば」
 木島が手を伸ばし、助手席前のグローブボックスを開ける。ゆっくり運転しながら、中から封筒を出す。
「これを持って行け」
「何?」
「見ればわかる」
 怜はそれを受け取り、中を見た。驚いたことに、20万ほどの現金が入っていた。
「おいこれ……なんだ?」
「金だ」
「金だっていうのはわかる。それをなんでオレに渡す?」
「だから言っただろう? 私は君を気に入らなければならない。君の体を可愛がり、次も楽しめるように、君がねだるものは何でも与える。見たところ、君の食堂は資金繰りがなかなか厳しいと見た。あれだけの食事を提供するには、かなり遠くまで行って農家と直接交渉しなければならなかったはずだ。売上に比べて、食事が良すぎる。持って行け」
 低く落ち着いた声だった。
「いいか。こうして高遠の命令と私の庇護が明確に示されている限り、お前の立場は悪くならない。手に入るものはすべて使うんだ」
「……わかった。これはもらっておく」
 冷静な頭で、怜はそれをポケットに入れた。ホテルを出る時に、木島に与えられたパーカーを着ている。新しい服を着て、こざっぱりと清潔な肌で大金を持って帰る。周囲から見れば一目瞭然だった。あの男は『政府』の野郎のペットだぜ。
 結局、自分に選択肢は残されていない。駒として動かされ、権力者に抱かれていることを『お披露目』させられる自分が木島の正体を考えても無駄なのだ。もし木島があの人だったとしても、それはおそらく昔の彼ではない。自分は恨まれても仕方ないことをした。
 歩くと20分かかる距離も、車だとすぐだ。見慣れた角を曲がると、食堂の前の大通りに出る。入口の前に、心配そうな顔をした沢城が立っていた。
 木島はゆっくりとメルセデスを進めると、沢城の前で止めた。沢城は信じられないという顔だ。
 しかも怜が車を降りようとした時、木島は突然怜の腕を掴み、抱き寄せて深い口づけをした。舌まで入れてたっぷり味わい、木島はニヤリと笑った。
「あんたな……」
「来週金曜の夜8時、次はここへ迎えに来る。逃げるなよ」
 溜息をつくと、怜は車を降りた。
「怜さん! なん、何があったんです。ていうかあいつ誰です?!」
 沢城の喚き声に耐える怜の後ろで、メルセデスは低いエンジン音を響かせて遠ざかる。あの野郎、こっちの面倒は一切考えずに帰って行きやがった。
 さて、皆になんて言い訳するか。
 朝っぱらからすべてのエネルギーを使い果たした気分で、怜は沢城の後ろから食堂に入っていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

土方の性処理

熊次郎
BL
土方オヤジの緒方龍次はある日青年と出会い、ゲイSEXに目醒める。臭いにおいを嗅がせてケツを掘ると金をくれる青年をいいように利用した。ある日まで性処理道具は青年だった、、、

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

処理中です...