28 / 33
終章
時代1
しおりを挟む
時代
忍山での会談から一ヶ月が過ぎ、甲四郎は行き詰まっていた。
八山には、山名が樋野へ攻めるよう、領主に話をつけてくれるように頼んだが、つれない返事をされ、次の手段として忍山へ出向き、頭領である忍香と、その夫となっていた市蔵と会談をもったのだが。共闘を断られ、甲四郎は次に打つ手を失っていたのだった。
甲四郎は八山の寺へ身を寄せつつ、黒田高丞が暫く山名領に身を潜めていられるよう、八山を通し山名を治める斉藤家への口添えを頼まなければならなかったし、八山には断られたが、斉藤家へ一武将でも動かしては貰えまいかと、なんども手紙を送っていた。
そんな甲四郎に対し八山坊主は何も言わず手紙の取り次ぎだけはしてくれたが、あの口論のひ以来、八山は甲四郎とまともに会話をしようとはしなかったが、ある朝、八山は小坊主を通じて甲四郎を本殿へ呼びつけてきた。
怪訝に思いつつも甲四郎が本殿へ行くと、仏像に背を向け、こちらを見据えながら座る八山の前に甲四郎はゆっくりと正座した。
「これを読んでみよ」
仏殿に低く地を這うような八山の声が響き、一枚の書状を前に広げた。
「これは、なんなのです」
八山は無言で答えない。
甲四郎は二つ折りの短い書状を手にして、広げると真っ先に差出人の名が目に入った。
斉藤元春。
山名を納める大領主斉藤元行の弟の名であり、内容は簡潔なものであった。
「樋野進軍の件、兄とも合議を重ね、前向きに考えたい、よって、そちらに使いの者を出すので、その者と話を詰めてもらえまいか」
短い文であったが、これは甲四郎自身が送り続けた手紙に対しての返信というより、八山と斉藤元春が直接会談をした結果による返事であることは、なんとなく察しが付いた。
「八山和尚」
甲四郎は、自分のことを気にかけてくれ、斉藤家の者に、甲四郎が樋野へ進軍をしたい胸を伝えてくれたのかと、あつい眼差しで八山をみた。
「勘違いするでない、お主が寺をたってからすぐ、元春様が寺を訪ねてこられてな、話のながれで、樋野から落ち延びてきた軍勢が山名の領土に身を寄せておると聞いたが誠か、と訪ねてこられたのだ」
それに対し八山知る限りの事情を、包み隠さず全てを元春に話し、甲四郎という若者が、山名の軍勢を借り、樋野に攻め入りたいと画策しているとまで全て話したのだという。
だが、斉藤元春はそれを一蹴した。
「八山和尚に尋ねるが、山名が軍勢をおくり、樋野の土地を取り上げて、山名になんの利がある」
元春も兄の元行も、樋野をとった所で、穀物も米も採れない不毛な国を取ったところで、領地が拡大するだけでなんの利益もないと考えている。
「ですな、拙僧は軍略に通じておりませぬので、軽々しく口を挟めませぬが、元春様の仰る通りかと」
八山の口調にどこか、腹の内を測っているような感覚を覚えた元春は、それに答えた。
「八山よ、また惚けたことを申して、儂の出方をみておるか」
「滅相もござらん」
「なにを、お主の解く外道なる道は、軍略にも通じておることは承知しておる。そしてお主がその道を使い今領主の弟に、隣国への興味を引くように仕向けておるのもな」
「まったく、元春様にはかないませんなぁ」
八山は苦笑いをして坊主頭を撫でると、俯き加減に口を開いた。
「元春様には拙僧の逃げは通じませぬな・・・実は樋野から拙僧を頼って逃げてきた若者がおりまして、その小僧が言うには」
と前置きをし、本田清親が当主に就いた経緯、衆人観衆の元、三郎兵衛の右腕を切り落としたうえに首を斬った事、清親の息のかかった者に領地を守らせ、村人達の一部は田畑を奪われ、土地を捨て逃げる者が多発している事などを事細かに元春に伝えた。
すると、斉藤元春は小さく頷き。
「なるほど、今の樋野をほおっておけば、いずれは山名にも災いを及ぼすかも知れぬな、今が攻める好機であるかもしれぬな」
「拙僧が立ち入る話しではありませぬが、災いの芽は早く摘んでおくのもまた国を治める者の手かもしれませぬな」
元春の表情は鈍い。
「だが、今の山名には兵を削ってまで他国を攻める余裕はない、しかし、黒田高丞なる者が率いる軍勢をいつまでも領土に留め置くわけにもいかぬ、そこで儂の配下に手柄をたてさせたい者が幾人かおるので、その中の一人をその黒田の軍勢につけ、いずれ樋野を攻めるときの足がかりを付けさせたいのだが、どうであろう」
「本田清親がどうでるか分かりませぬが、山名の軍勢とあれば、簡単に手出しはできますまい」
元春は「このこと兄に話してみよう」とだけいいその日は帰って行った。
その会話がまさか正式に領主である元行の耳に入り、しかも行動に移されようとは、正直なところ八山の算段を越えた事の進みようであった。
時代
忍山での会談から一ヶ月が過ぎ、甲四郎は行き詰まっていた。
八山には、山名が樋野へ攻めるよう、領主に話をつけてくれるように頼んだが、つれない返事をされ、次の手段として忍山へ出向き、頭領である忍香と、その夫となっていた市蔵と会談をもったのだが。共闘を断られ、甲四郎は次に打つ手を失っていたのだった。
甲四郎は八山の寺へ身を寄せつつ、黒田高丞が暫く山名領に身を潜めていられるよう、八山を通し山名を治める斉藤家への口添えを頼まなければならなかったし、八山には断られたが、斉藤家へ一武将でも動かしては貰えまいかと、なんども手紙を送っていた。
そんな甲四郎に対し八山坊主は何も言わず手紙の取り次ぎだけはしてくれたが、あの口論のひ以来、八山は甲四郎とまともに会話をしようとはしなかったが、ある朝、八山は小坊主を通じて甲四郎を本殿へ呼びつけてきた。
怪訝に思いつつも甲四郎が本殿へ行くと、仏像に背を向け、こちらを見据えながら座る八山の前に甲四郎はゆっくりと正座した。
「これを読んでみよ」
仏殿に低く地を這うような八山の声が響き、一枚の書状を前に広げた。
「これは、なんなのです」
八山は無言で答えない。
甲四郎は二つ折りの短い書状を手にして、広げると真っ先に差出人の名が目に入った。
斉藤元春。
山名を納める大領主斉藤元行の弟の名であり、内容は簡潔なものであった。
「樋野進軍の件、兄とも合議を重ね、前向きに考えたい、よって、そちらに使いの者を出すので、その者と話を詰めてもらえまいか」
短い文であったが、これは甲四郎自身が送り続けた手紙に対しての返信というより、八山と斉藤元春が直接会談をした結果による返事であることは、なんとなく察しが付いた。
「八山和尚」
甲四郎は、自分のことを気にかけてくれ、斉藤家の者に、甲四郎が樋野へ進軍をしたい胸を伝えてくれたのかと、あつい眼差しで八山をみた。
「勘違いするでない、お主が寺をたってからすぐ、元春様が寺を訪ねてこられてな、話のながれで、樋野から落ち延びてきた軍勢が山名の領土に身を寄せておると聞いたが誠か、と訪ねてこられたのだ」
それに対し八山知る限りの事情を、包み隠さず全てを元春に話し、甲四郎という若者が、山名の軍勢を借り、樋野に攻め入りたいと画策しているとまで全て話したのだという。
だが、斉藤元春はそれを一蹴した。
「八山和尚に尋ねるが、山名が軍勢をおくり、樋野の土地を取り上げて、山名になんの利がある」
元春も兄の元行も、樋野をとった所で、穀物も米も採れない不毛な国を取ったところで、領地が拡大するだけでなんの利益もないと考えている。
「ですな、拙僧は軍略に通じておりませぬので、軽々しく口を挟めませぬが、元春様の仰る通りかと」
八山の口調にどこか、腹の内を測っているような感覚を覚えた元春は、それに答えた。
「八山よ、また惚けたことを申して、儂の出方をみておるか」
「滅相もござらん」
「なにを、お主の解く外道なる道は、軍略にも通じておることは承知しておる。そしてお主がその道を使い今領主の弟に、隣国への興味を引くように仕向けておるのもな」
「まったく、元春様にはかないませんなぁ」
八山は苦笑いをして坊主頭を撫でると、俯き加減に口を開いた。
「元春様には拙僧の逃げは通じませぬな・・・実は樋野から拙僧を頼って逃げてきた若者がおりまして、その小僧が言うには」
と前置きをし、本田清親が当主に就いた経緯、衆人観衆の元、三郎兵衛の右腕を切り落としたうえに首を斬った事、清親の息のかかった者に領地を守らせ、村人達の一部は田畑を奪われ、土地を捨て逃げる者が多発している事などを事細かに元春に伝えた。
すると、斉藤元春は小さく頷き。
「なるほど、今の樋野をほおっておけば、いずれは山名にも災いを及ぼすかも知れぬな、今が攻める好機であるかもしれぬな」
「拙僧が立ち入る話しではありませぬが、災いの芽は早く摘んでおくのもまた国を治める者の手かもしれませぬな」
元春の表情は鈍い。
「だが、今の山名には兵を削ってまで他国を攻める余裕はない、しかし、黒田高丞なる者が率いる軍勢をいつまでも領土に留め置くわけにもいかぬ、そこで儂の配下に手柄をたてさせたい者が幾人かおるので、その中の一人をその黒田の軍勢につけ、いずれ樋野を攻めるときの足がかりを付けさせたいのだが、どうであろう」
「本田清親がどうでるか分かりませぬが、山名の軍勢とあれば、簡単に手出しはできますまい」
元春は「このこと兄に話してみよう」とだけいいその日は帰って行った。
その会話がまさか正式に領主である元行の耳に入り、しかも行動に移されようとは、正直なところ八山の算段を越えた事の進みようであった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
黄金の檻の高貴な囚人
せりもも
歴史・時代
短編集。ナポレオンの息子、ライヒシュタット公フランツを囲む人々の、群像劇。
ナポレオンと、敗戦国オーストリアの皇女マリー・ルイーゼの間に生まれた、少年。彼は、父ナポレオンが没落すると、母の実家であるハプスブルク宮廷に引き取られた。やがて、母とも引き離され、一人、ウィーンに幽閉される。
仇敵ナポレオンの息子(だが彼は、オーストリア皇帝の孫だった)に戸惑う、周囲の人々。父への敵意から、懸命に自我を守ろうとする、幼いフランツ。しかしオーストリアには、敵ばかりではなかった……。
ナポレオンの絶頂期から、ウィーン3月革命までを描く。
※カクヨムさんで完結している「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」のスピンオフ短編集です
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885142129
※星海社さんの座談会(2023.冬)で取り上げて頂いた作品は、こちらではありません。本編に含まれるミステリのひとつを抽出してまとめたもので、公開はしていません
https://sai-zen-sen.jp/works/extras/sfa037/01/01.html
※断りのない画像は、全て、wikiからのパブリック・ドメイン作品です
【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
天狗の囁き
井上 滋瑛
歴史・時代
幼少の頃より自分にしか聞こえない天狗の声が聞こえた吉川広家。姿見えぬ声に対して、時に従い、時に相談し、時に言い争い、天狗評議と揶揄されながら、偉大な武将であった父吉川元春や叔父の小早川隆景、兄元長の背を追ってきた。時は経ち、慶長五年九月の関ヶ原。主家の当主毛利輝元は甘言に乗り、西軍総大将に担がれてしまう。東軍との勝敗に関わらず、危急存亡の秋を察知した広家は、友である黒田長政を介して東軍総大将徳川家康に内通する。天狗の声に耳を傾けながら、主家の存亡をかけ、不義内通の誹りを恐れず、主家の命運を一身に背負う。
剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―
三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】
明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。
維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。
密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。
武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。
※エブリスタでも連載中

徳川家康。一向宗に認められていた不入の権を侵害し紛争に発展。家中が二分する中、岡崎に身を寄せていた戸田忠次が採った行動。それは……。
俣彦
歴史・時代
1563年。徳川家康が三河国内の一向宗が持つ「不入の権」を侵害。
両者の対立はエスカレートし紛争に発展。双方共に関係を持つ徳川の家臣は分裂。
そんな中、岡崎に身を寄せていた戸田忠次は……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる