腐れ外道の城

詠野ごりら

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終章

時代1

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      時代


 忍山での会談から一ヶ月が過ぎ、甲四郎は行き詰まっていた。

 八山には、山名が樋野へ攻めるよう、領主に話をつけてくれるように頼んだが、つれない返事をされ、次の手段として忍山へ出向き、頭領である忍香と、その夫となっていた市蔵と会談をもったのだが。共闘を断られ、甲四郎は次に打つ手を失っていたのだった。
 
 甲四郎は八山の寺へ身を寄せつつ、黒田高丞が暫く山名領に身を潜めていられるよう、八山を通し山名を治める斉藤家への口添えを頼まなければならなかったし、八山には断られたが、斉藤家へ一武将でも動かしては貰えまいかと、なんども手紙を送っていた。

 そんな甲四郎に対し八山坊主は何も言わず手紙の取り次ぎだけはしてくれたが、あの口論のひ以来、八山は甲四郎とまともに会話をしようとはしなかったが、ある朝、八山は小坊主を通じて甲四郎を本殿へ呼びつけてきた。
 怪訝に思いつつも甲四郎が本殿へ行くと、仏像に背を向け、こちらを見据えながら座る八山の前に甲四郎はゆっくりと正座した。
「これを読んでみよ」
 仏殿に低く地を這うような八山の声が響き、一枚の書状を前に広げた。

「これは、なんなのです」
 八山は無言で答えない。
 甲四郎は二つ折りの短い書状を手にして、広げると真っ先に差出人の名が目に入った。

 斉藤元春。

 山名を納める大領主斉藤元行の弟の名であり、内容は簡潔なものであった。
「樋野進軍の件、兄とも合議を重ね、前向きに考えたい、よって、そちらに使いの者を出すので、その者と話を詰めてもらえまいか」

 短い文であったが、これは甲四郎自身が送り続けた手紙に対しての返信というより、八山と斉藤元春が直接会談をした結果による返事であることは、なんとなく察しが付いた。

「八山和尚」
 甲四郎は、自分のことを気にかけてくれ、斉藤家の者に、甲四郎が樋野へ進軍をしたい胸を伝えてくれたのかと、あつい眼差しで八山をみた。
「勘違いするでない、お主が寺をたってからすぐ、元春様が寺を訪ねてこられてな、話のながれで、樋野から落ち延びてきた軍勢が山名の領土に身を寄せておると聞いたが誠か、と訪ねてこられたのだ」

 それに対し八山知る限りの事情を、包み隠さず全てを元春に話し、甲四郎という若者が、山名の軍勢を借り、樋野に攻め入りたいと画策しているとまで全て話したのだという。
 だが、斉藤元春はそれを一蹴した。

「八山和尚に尋ねるが、山名が軍勢をおくり、樋野の土地を取り上げて、山名になんの利がある」
 元春も兄の元行も、樋野をとった所で、穀物も米も採れない不毛な国を取ったところで、領地が拡大するだけでなんの利益もないと考えている。

「ですな、拙僧は軍略に通じておりませぬので、軽々しく口を挟めませぬが、元春様の仰る通りかと」
 八山の口調にどこか、腹の内を測っているような感覚を覚えた元春は、それに答えた。
「八山よ、また惚けたことを申して、儂の出方をみておるか」
「滅相もござらん」
「なにを、お主の解く外道なる道は、軍略にも通じておることは承知しておる。そしてお主がその道を使い今領主の弟に、隣国への興味を引くように仕向けておるのもな」
「まったく、元春様にはかないませんなぁ」
 八山は苦笑いをして坊主頭を撫でると、俯き加減に口を開いた。

「元春様には拙僧の逃げは通じませぬな・・・実は樋野から拙僧を頼って逃げてきた若者がおりまして、その小僧が言うには」

 と前置きをし、本田清親が当主に就いた経緯、衆人観衆の元、三郎兵衛の右腕を切り落としたうえに首を斬った事、清親の息のかかった者に領地を守らせ、村人達の一部は田畑を奪われ、土地を捨て逃げる者が多発している事などを事細かに元春に伝えた。

 すると、斉藤元春は小さく頷き。
「なるほど、今の樋野をほおっておけば、いずれは山名にも災いを及ぼすかも知れぬな、今が攻める好機であるかもしれぬな」

「拙僧が立ち入る話しではありませぬが、災いの芽は早く摘んでおくのもまた国を治める者の手かもしれませぬな」

 元春の表情は鈍い。
「だが、今の山名には兵を削ってまで他国を攻める余裕はない、しかし、黒田高丞なる者が率いる軍勢をいつまでも領土に留め置くわけにもいかぬ、そこで儂の配下に手柄をたてさせたい者が幾人かおるので、その中の一人をその黒田の軍勢につけ、いずれ樋野を攻めるときの足がかりを付けさせたいのだが、どうであろう」

「本田清親がどうでるか分かりませぬが、山名の軍勢とあれば、簡単に手出しはできますまい」

 元春は「このこと兄に話してみよう」とだけいいその日は帰って行った。

 その会話がまさか正式に領主である元行の耳に入り、しかも行動に移されようとは、正直なところ八山の算段を越えた事の進みようであった。


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