腐れ外道の城

詠野ごりら

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2章

もう一人の三郎兵衛

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     黒田三郎高丞


 「三郎様は図体はデカイが、肝が小さいでいかん」
 領民達にそう言われても、黒田高丞はただ口を真一文字にしてなにも言い返そうとはしない。


「だが、何故か憎めぬ、それにあの御方は支えてやらなぁならんように、こちらがなってしまうんだからまったく奇妙なお人じゃわい」

 黒田高丞の領民からの評価はおおむねそのようなものであった。

 黒田高丞・異名は「三郎」。

 その三郎高丞が先ほどから「うーんうーん」と唸りながら悩んでいる。
「高丞様、先日来た黒岩の若造が言ったことを、まだお悩みですか」

「領民がぁ」
 高丞はそれだけ言うとまた唸り声をあげた。
 それには家来の者も皆困り果ててしまっていた。

 三郎高丞が言う「領民がぁ」とは、三月ほど前に自らの領地で民衆が起こした「決起」についてであり、それによって領主である高丞自身も流浪の民となってしまったことについて唸っているのである。

 つまり、また外部の力で自分が何処かへ流されてしまうのではないかと、高丞は思い悩んでいるのである。

 黒田高丞の領地「谷川」は、隣国山名に接している谷間の平地にある。
 起伏が激しく、農作地に適した土地が少ない樋野にあって、比較的水田に適した土地が多い谷川地区は、清親政権になると、検地の目が厳しく入ることとなり、結果谷川の過酷な重税を強いられることとなってしまった。

 しかも清親は、谷川の農民を徹底監視することで、年貢のごまかしに厳しい目をむけはじめたのだ。
 
 谷川の農民等の怒りは頂点に達した。

 清親政権になって一年が過ぎようとした時、谷川の領民達は団結し、清親が屯所として押収した民家を取り囲み、監視役二人を捕らえてしまったのだ。
 
 黒田高丞の耳に領民の暴挙が伝わったのは、その翌日であった。

 家臣から事の成り行きを知った高丞は「参ったぁ」と、まるで牛の鳴き声のように唸った。

 が、高丞という男の不思議な所は、決断に苦慮する事柄が起こるといつも、外部からの力で、決断せざるおえない情況に引きずり込まれてしまう運命にあるところである。

「三郎殿!領民が」
 領民が、捕獲した清親の監視役二人を連れ、やってきているという。
「なんと!」
 高丞は絶句したまま、慌てふためいていると、領民の代表者数名が、屋敷に上がり込み、高丞の前に後ろ手に縛られた監視役の二人をつき出してきたのだ。


 それからの高丞は、まるで雪崩に巻き込まれたようで、領民の先頭に立たされ、谷川に攻め入って来た清親軍と戦うこととなり、あれよあれよという間に清親軍に押され、気がつけば山名領へ逃げるはめになってしまった。

 それが三ヶ月と少し前であった。

 このままでは樋野と山名の両者から命を狙われかねない。
「このまま山名に匿ってもらうか・・・」
「しかし、山名の斉藤家に紹介できるような者もおりませんし、御当主の元行様は他所からの者に厳しい方だと聞き及びます」

 しかも、領民を引き連れて「客分として暫く預かってはくれまいか」などといえるはずもない。

 高丞が思い悩んで時を過ごしていると、もと黒岩の武士だったと名乗る若者が、小男一人だけを連れ、高丞の元を訪れて来た。

「私、三郎兵衛様の家臣、栗原甲四郎と申す」
「おぉ三郎兵衛殿のぉ・・・儂と三郎兵衛殿は従兄弟どうし、三郎兵衛殿があのような最期となっても、儂は何の力にもなれなんだ・・・」
 高丞は初めて会った従兄弟の元家臣に、申し訳なさそうにいった。

 高丞はそういった領主なのである。
 
 甲四郎もその高丞がもつ、情けなくも頼りない魅力に知らぬ間に飲み込まれつつあった。

「私にお任せあらば、高丞様に所領に帰れるようにいたしましょう」
 甲四郎は、当初の目的通り高丞を担ぎ、忍山の土蜘蛛衆と戦闘をさせ、その混乱に乗じて山名勢を樋野に進軍させて、清親を捕らえるか追放させようと目論んでいたのだが、この情けなくも魅力的な黒田高丞を、この期に男にさせてやりたい、との想いが沸いてきてしまった。

「おのれのような牢人者のいうことをどうして信じられようか!おのれはただ自分が樋野に返り咲きたいがために、高丞様を利用しようとしておるだけであろうが!」

 高丞の重臣が甲四郎に激しく迫ってきた。
「そう思うのも仕方がありますまい、げんに私は、高丞様とお会いするまでそう思うておりました」
「なんと」
 高丞が人ごとのようにいうと、甲四郎は高丞に対し平伏し、言葉を続けた。

「私は、高丞様の従兄弟である三郎兵衛様に、将たるもの外道に身を落としてはならぬと教えられました。しかし、城を盗ろうとするときは外道たらなければならんと、三郎兵衛様の背を見て習いました」

 甲四郎が言い終えると、高丞は目を見開きながらもいつも通りの穏やかな物言いで、甲四郎をみた。
「なるほどのぉ、領地を守らんとするときは、聖者たなねばならん、いざ領地に攻め入らんとするときは外道たらねばならぬ、八山僧侶のことばじゃな」

 甲四郎はまさか高丞の口から「八山」の名が出てくるとは思いもよらなかったので、驚き言葉を詰まらせた。
「やっ・・・八山様のことをご存じですか」
「ああ、八山僧侶が黒岩におられた頃、儂は黒田の本家である黒岩に預けられておって、三郎兵衛殿にも何度か遊び相手になってもろうた。そのおりにお見かけした程度だがなぁ」
 つまり、三郎兵衛と八山が出会った頃、黒岩にいた高丞は、何度か三郎兵衛と話す八山を見かけはしたが、あまりにも幼かった高丞には八山との記憶はそれより他に無く、家督を継いだのち、その言葉に触れる機会があり、領主としての指針としてきたという。

「だがな、儂は後の者が綺麗事だけを抜き取った書物を読み、領民を守るよき領主であろうとしただけ、生で教えを受けた三郎兵衛殿や、お主等とはおなじではなかろう」

 結局、高丞達は領地を失い、流浪の群衆を引き連れて、頼るものなどなかったので、得体の知れない甲四郎の申し出に乗るしか他に道は無かった。

 だが、数日後高丞の元に現れた甲四郎は、高丞等の望む答えとは別の答えを持ってきたのだ。


「忍山の頭目は、わたくしと共に戦った者であったので、こちらの申し出をうけてくれようかと考えておりましたが、その頭目を任されている男の答えは「何故お前等の言うように動かなければならんのだ、やるなら勝手にやれ」との答えでございました」

「なるほどのぉ、その頭目代理の言うことも一理ある。儂等が混乱を招くために忍山を攻めるそぶりを見せたところで、忍山の者共にはなんの利益もない」

「左様ですな、こちらがいくら良い条件を出したところで、土蜘蛛と呼ばれ、排除されてきた歴史がそれを信じさせてはくれないのでしょうな」

「栗原殿、儂はそなたが忍山へ行ってから数日考えておったのじゃ、どうだろう、儂が栗原殿の家臣となるというのは・・・」

 それには甲四郎だけで無く、周りに居た高丞の家臣団も唖然とするしかなかった。
 そんな中高丞だけ只一人、柔らかい笑顔で甲四郎のを見ていた。



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