怨刃=ENNJINN=

詠野ごりら

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一章

799年

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  平安初期799年・初冬


 平安京が遷都され、五年の歳月が経とうとしていたころ。
 新しい都の外、後に洛外と呼ばれる地域の町に一人の老人がいた。
 名を天国(あまくに)という。
 天国は京盆地特有の寒さが染みる外とは別姓界の、炎の前で玉のような汗を全身から吹き出し、紅色に滾った鉄の板と格闘していた。 正に格闘である。
 鋼はやがて褐色の板となり、金槌の打ち込みにより息吹を得、鋭い刃を持った剣へと変化してゆく。
 奈良時代から平安期までの刀は、まだ直刀が中心で、切っ先を除く刃の部分は直線的であり、剣や矛のような打撃武器の特徴を色濃く残すものであった。
 が、この天国の発想は、これだけ切れ味の良い刃を持つ武器を「斬る」道具として進化させることに向いていた。
 「反り」と呼ばれる刃の湾曲、これさえあれば、刀は近接戦最強の武器となりうる。
 これにいち早く気づき、実現させたのが、この天国だと一説ではいわれているが、奈良時代の刀でも、反りのあるものはあるにはあるので、この「反り」の重要性に気づき、広めたのが天国だというのが正確なのかもしれない。

 しかし、この時の天国には実用性の壁よりも遙かに高い障害を乗り越えようともがいていたのだ。
 「天皇への献上品」このおおきな課題は、天国に大きくのしかかっていた。

「天国、大君はそなたに遷都により世が乱れぬよう、都の守りとなる刀を造れとのお申し付けじゃ」
「ははぁ」
 天国は、桓武天皇からの使者に深々と平伏しながらも、全身から冷や汗とも脂汗ともつかぬ、嫌な汗が首の付け根から背筋を伝って行くのを感じていた。
「エラい事になった・・・」
 天国の脳裏を真っ先によぎった言葉だ。
 が、天皇の使者が帰った後、天国の胸の中に、野望の灯が点り、それがやがて全身を覆っていった。
「ワシは、都を守る草薙の剣を造ってみせる」
 そう思うと野望が創作の原動力となった。

 
 天国の日課は鋼を叩き鍛える事だけでは無い、一日の作業を日の入り前に終わらせると、彼は作業場の裏にある小さな丘に登る。
 参拝である。
 一日の作業の無事と、明日からの平穏無事とよりよい創作を得られるよう、天国は社に詣でる。
 社といっても、膝ぐらいの高さの高床に人が屈めばようやく入れるていどの社があるだけだ。
 天国自身もこの社についての由来をつまびらかに知る訳では無いが、聞くところによると、伊勢神宮の式年遷宮により出た木材を使い、この社が建てられたのだとも聞く。
「我に想像の力を・・・」
 天国は、初めて社に向かって声を発して祈った。
 言霊を発す事で、大きな重圧を僅かでも外に逃がそうとした結果なのかも知れない。
「我に問うたのは誰じゃ!」
 
 天国は自らの独言に、問い返して来た者の方向に目をやった。
 そこには、我が目を疑う「者」の姿があった。
 怪鳥が、社の屋根に止まって、こちらを見ている。
 大きさは人ほどあるが、明らかにそれは烏である。
「我を恐れる事は無い・・・我が名は八咫」「ヤタ・・・八咫烏か・・・まさかあの」
「天皇の祖、イワレビヒコを導いたカラスなどと同類にするでない、八咫一族の真の力を備えしは我なり」
 天国は立ち尽くし、その怪鳥を見据えることしか出来ずにいる。
「おのれの名はアマクニ・・・天国と申すのだな・・・剣を造りし者・・・」
「想いが読めるのか」
「ああ・・・おのれの想いなどいとも容易くよめるわい・・・天皇に捧げる剣について想い病んでおることもな」
「では・・・」
「皆まで申すとも・・・」
 そういい、八咫は僅かに微笑んだ、微笑むと表現はしたが、八咫は烏であり、表情を多様に持つはずもないのだが、天国からは怪鳥の顔が確かに、不気味な微笑みをたたえたように見えた。
「これを持って行け」
 八咫は、自らの羽根を一枚、天国の方へ投げた。
 その羽根は、天国の足下に突き刺さり、それに触れようとした天国の掌は、薄く切り裂かれた。
「その羽根を着想の糧とし、献上品を造ってみよ、そして一つは天皇へ、一つはこの社へ治めよ、さすれば、おのれの名とおのれの生み出した物どもの名は、後世に響き渡るであろうぞ」
 
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