39 / 47
占い師の助言
しおりを挟む占い師の言葉を非常な関心を以て聞く。
・・・やはり、私は王族に連なるべき人間なんだわ。
うっとりとバカでかい眼鏡をかけた白髪の老婆を見つめる。
軋んだ声で、老婆が低い声でなじるのを聞き、ハッとして耳を傾ける。
「・・・聞いてないのかい、まったく」
「聞いてます。意識してないだけで」
老婆が一瞬動きを止め、ため息をつきながら首を振った。
「・・・いいかい、あんたは今度の王家の夜会に出るんだ。・・・そこで、あんたを見初めるものが出てくる。・・・その機会を逃すんじゃない。良いね?」
「はい」
「・・・機会を自分のためにする為には、王族からのアプローチに確実に反応するんだ」
「・・・わかりました」
占い師の言葉を何とか心に刻みつけるようにして、覚え込む。・・・というか、覚え込んだように思った。
「では、占いはこれで終わりだよ。・・・あんたに運命が微笑みますように」
ニコリと笑い、立ち上がる。
「・・・ありがとう」
・・・グアハルド伯爵次女であった私は、次に王族になるわ。
「・・・お帰りです」
踵を返すと、扉の脇に立つ女性の護衛が一言言ってからドアを開ける。
扉の外に立つ、二人の男の内の一人が無理やりに入ろうとして怒鳴っている仕立ての良い身なりの男の腕を捩じ上げている。
「やめろ!私を誰だと思っている!この国の貴族だ!中に入れろ!」
「・・・順番の通りにお並び下さい。この規則を守れない方の占いを、主人はなさいません。・・・・繰り返します、順番が守れないのであれば、占いは受けられません」
冷静にいう男が貴族の体を押しのけるように扉の前から離れていく。
手を差し出されて、その手に手を乗せると、女性の護衛が外へと導いてくれる。
先程貴族だと言って騒いでいる貴族は、占い師の護衛の男に家の敷地からぐいぐいと外へ押し出されて行く。それでも騒ぐので、周囲の占いをしてもらおうと待っている人々に白い目で見られていた。腕を離されて、ふらふらと身体をぐらつかせた後、護衛の男に掴みかかろうとして、じろりと睨まれ、悲鳴を上げて立ち竦んだ。慌てた貴族の使用人らしい男が走ってきたが、護衛に今度は使用人をじろりと睨みつけられ、同じように立ち竦んだ。
「・・・他の方々も順番に並んでお待ちになっています。もし順番に並ぶのが嫌なら、主人に三倍の料金をお払い下さい。そうすれば、明日の一番に占って下さることでしょう。それができないのであれば、大人しく、並んでお待ちください」
それのやり取りを横目で見ながら、エスコートされながら扉から外に出た。心配そうに立っていた伯爵家の使用人であるメイドが、駆け寄ってきた。
「お嬢様」
「・・・大丈夫よ。嬉しい占いを聞けたから、屋敷に戻ってお父様とお母様に相談しなくちゃ」
女性の護衛が、手をメイドに預けるようにしながら離し、軽く一礼して扉から家の中に戻っていった。外に居た男の護衛の残りの一人が、次の客を手招きしてした。
「・・・お嬢様、お帰りになりますか?」
「ええ、帰るわ」
頷いて、ノエリア・グアハルド伯爵令嬢は楽しくなって笑いながら顔を上げた。
扉が開けられる。
ザワつくホールの雑多な人々がこちらを向いた。探るような視線でそこに立っている者を見ている。しかし、すぐに興味を失い大半が視線を逸らしたのだが、中には凝視する者もいた。
「・・・いいのかい?」
父親であるグアハルド伯爵が周囲を見回しながら心配する声音で言ってきた。
「大丈夫ですわ、お父様。・・・今日はお父様はお母様の傍に居て差し上げて下さいませ」
伯爵はじっと自分の娘を見つめていたが、なぜか息を吐き出して諦めた表情で頷いた。
「・・・わかったよ。・・・それでは私はノエリアの母様を迎えに行くからね」
伯爵は下の娘を夜会の会場にエスコートしてから、一度外に出て、馬車の中で待つ伯爵夫人をエスコートして入ることにしていた。娘を一人にするのは心配だったが、その会場にはノエリアの姉も婚約者と共に入っているはずだったので、事前に姉の傍に居るように言い聞かせていた。
「お姉さまの傍に居なさい、いいね」
伯爵は凝視をしている視線を顔を顰めて遮るようにしながら、入り口近くにいたもう一人の娘レアンドラに引き渡す。
「レアンドラ、ノエリアを頼む」
父親の伯爵の言葉に、レアンドラが頷く。
「かしこまりました」
ノエリアが離れていく父親の背を見つめていると、そっと腕に触られる。
「お姉さま・・・」
「・・・ノエリア、あなたが何を考えているのかわかりませんけど、あまり無茶はしないのよ?わかりましたね?」
「ああ、レアンドラの言うとおりだよ」
姉の婚約者であるアントニオが隣りでそう言っている。並の顔立ちと言われるアントニオだが、領地の経営、貴族の振る舞いについては伯爵から及第点を早々につけられ、並み居る婚約申込者の中から選ばれた俊永と呼ばれている。レアンドラを夫として支えたいと常々語っている、レアンドラの信者と言っても良い男だった。
「・・・ええ、わかりましたわ、お姉様・・・」
一応頷くが、今日は姉の言うことは聞いていられない。占い師の言うとおりにしなければならなかった。そうでないと王族に見初められないのだ。
・・・王族って王太子かしらね。学校が違うから、見ることはできないけど、かっこいいらしいと聞くけど・・・。
占い師は王族とは言ったが、誰だとは具体的には言わなかった。
・・・まさか、王様とか・・・。フフフ、そうだったら流石にどうなるのかしらね。
そう考えると、知らず知らずのうちに顔が綻んでくる。
・・・私、王妃になるかもね。
「ノエリア、何笑っているの?」
訝し気にレアンドラが顔を覗き込んでくる。ノエリアの笑顔を見た周囲に居た男たちが騒めいた。アントニオが目を怒らせて周囲の男に牽制している。
「・・・何でもありませんわ。楽しそうだなと思って」
「・・・そう?でもあまり、御愛想を振り撒かないでね。心得違いする輩が湧くから」
「はい」
ノエリアがそう答えたところで、足早に父親が母親をエスコートしながら近付いてきた。
「よし。誰かに粉かけられたりしていないな?」
父親の伯爵が、アントニオに確認している。
「はい、大丈夫です。レアンドラも、ノエリアにも、近付く者はおりませんでした。牽制しておきましたので」
「アントニオったら、牽制は言い過ぎよ」
「いやいや、二人は美人姉妹だからな。牽制しておかないと、近寄ってくる奴らが増えて困るのさ」
アントニオの鼻の下はレアンドラに格好をつけられたと伸びている。
「・・・男ってそんなことで格好つけなくても良いと思うけどねえ」
まんざらでもない表情にレアンドラはなる。アントニオに手の甲に口づけられ、顔を上気させた。
・・・お姉さまの趣味がさっぱりわからないわ。
ノエリアがそう考えたときに、王家の侍従が扉を開けながら声を張り上げた。
「国王陛下並びに王妃殿下、王太子殿下、レヒータ王女殿下、リナレス王弟殿下のお成り!」
ザワめく人並みの向こうに容姿の優れた王族の面々が姿を見せる。
ノエリアは身をひるがえして貴族の人垣をかき分けるように前に出る。ノエリアの頭の中には、王族にアプローチされることのみしかなかった。
・・・あの言われたとおりにしないと・・・。
そう考えながら人垣をかき分けて前に出て、顔を上げたところに王族の中でも基盤が弱く能力もない王弟リナレスが、誰にも顧み慣れない最後尾で鬱屈した表情で進んでいた。ふとそのリナレス王弟の行く手の人垣が揺れ、リナレスは足を止めた。二人は下げていた視線を上げて、そのまま顔を見合わせてお互いを見つめ合った。
・・・誰?こんなにきれいな顔をした人って・・・。
ノエリアは王弟の顔をみて呆けた。ぼんやりと考えると占い師の言葉が耳の中に響き渡った。
・・・・・・そこで、あんたを見初めるものが出てくる。・・・その機会を逃すんじゃない。良いね?
ノエリアは占い師の言葉に我に返り、淑女の礼をする。
「・・・前に出ないでください」
リナレスが何とか返礼をしようとするが、冷たい声を出し、リナレスの前に立つ侍従がリナレスの視界からノエリアの姿を奪う。
「じゃ、」
邪魔をするなと言いかけたが、王太子が素早く戻ってきて、リナレスに声をかける。
「叔父上、早く陛下の傍においでください。陛下が挨拶をできずに困っています」
「・・・あ、ああ・・・」
リナレスが足早に歩こうとしてが、突然足を止める。
「あ、後で呼びに行かせるので、待っていてくれ」
身体を寄せ、小声で言うと、ノエリアが顔を赤くして頷く。
「はい」
・・・やはり、占い師の言葉は正しかったのだわ。
夢見心地でノエリアが考えた。
グアハルド伯爵家の者はノエリアを除き、唖然としていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ブラフマン~疑似転生~
臂りき
ファンタジー
プロメザラ城下、衛兵団小隊長カイムは圧政により腐敗の兆候を見せる街で秘密裏に悪徳組織の摘発のため日夜奮闘していた。
しかし、城内の内通者によってカイムの暗躍は腐敗の根源たる王子の知るところとなる。
あらぬ罪を着せられ、度重なる拷問を受けた末に瀕死状態のまま荒野に捨てられたカイムはただ骸となり朽ち果てる運命を強いられた。
死を目前にして、カイムに呼びかけたのは意思疎通のできる死肉喰(グールー)と、多層世界の危機に際して現出するという生命体<ネクロシグネチャー>だった。
二人の助力により見事「完全なる『死』」を迎えたカイムは、ネクロシグネチャーの技術によって抽出された、<エーテル体>となり、最適な適合者(ドナー)の用意を約束される。
一方、後にカイムの適合者となる男、厨和希(くりやかずき)は、半年前の「事故」により幼馴染を失った精神的ショックから立ち直れずにいた。
漫然と日々を過ごしていた和希の前に突如<ネクロシグネチャー>だと自称する不審な女が現れる。
彼女は和希に有無を言わせることなく、手に持つ謎の液体を彼に注入し、朦朧とする彼に対し意味深な情報を残して去っていく。
――幼馴染の死は「事故」ではない。何者かの手により確実に殺害された。
意識を取り戻したカイムは新たな肉体に尋常ならざる違和感を抱きつつ、記憶とは異なる世界に馴染もうと再び奮闘する。
「厨」の身体をカイムと共有しながらも意識の奥底に眠る和希は、かつて各国の猛者と渡り合ってきた一兵士カイムの力を借り、「復讐」の鬼と化すのだった。
~魔王の近況~
〈魔海域に位置する絶海の孤島レアマナフ。
幽閉された森の奥深く、朽ち果てた世界樹の残骸を前にして魔王サティスは跪き、神々に祈った。
——どうかすべての弱き者たちに等しく罰(ちから)をお与えください——〉
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
え…私が魔物使い!?
桜アリス
ファンタジー
4歳になったある日階段から落ちたことで、前世の不運な事故で自分が死んだことを思い出したリーン。
あまり目立つのが好きじゃない彼女はこのことが周りにばれないように、目だだないように生きようと決意する。
ところが適正職業を調べると、まさかの魔物使い!?
「目立ちたくないけど私には天職だ!」と
喜ぶ彼女、彼女は無事魔物をテイムできるのか!?彼女の未来は平穏なものになるのか(いや、ならないだろう!
平穏に過ごしたい彼女と使い魔がゆく波乱な物語!かも……
主人公は一応チートっぽいです
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めての作品です!
誤字脱字やおかしなところがあったら
教えて下さい!
そういうのを含め、感想をくださると嬉しいです(*^▽^*)
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる