魔女の一撃

花朝 はな

文字の大きさ
上 下
29 / 47

魔女と言う名の脅威

しおりを挟む

 それは悪魔のささやきだった。
 「陛下、どうなさいますか?」
 目を見張ったままの宰相が、目の前の人物から目を離せずに国王に聞く。
 「・・・」
 宰相と同じように目を見張ったままの国王が何も言えずに固まっている。
 「陛下?」
 宰相の再度の問いかけに、ようやく反応した国王が一度咳ばらいをした。
 「ああ、そ、そうだな・・・、なんだっけか、宰相?」
 「陛下、提案されたことに乗りますかと、お尋ねいたしました」
 探るように目の前の人物を見ながら、肘掛けを指で叩いて、しばし黙考する。
 「・・・手を出さないでもらえればよいのですよ。それだけでよい」
 国王に向かい合って立つ人物が、ニコニコと笑う顔を見せている。
 「し、しかし・・・さすがに盗賊たちに国境に居座られるのは困る」
 国王は答えられた言葉に相好を崩すことになる。
 「適当な時期に討伐させればよいのです」
 くつくつした笑い声が漏れる。
 「討伐の頃には、国境は相手側に大きくせり出していることでしょう」

 魔女と言う存在が認識されたのは、歴史的に言えば、相当古い。
 突然力を得て人の利益に寄与する存在として知られ、人ともに歩むため尊敬を集めてきた。
 しかし、時の為政者はその魔女の存在を吉祥としてとらえてはいたが、常に傍に置くことを望んだ。民のためを望んだ魔女と、時の権力者の対立で、魔女が住んだ国は滅んでしまうなど、過去には不幸なことがあったりした。その様なことがあったため、魔女は百年の間、姿を現さなかったと言われている。研究者のなかには、魔女と言うものは力であり、人ではないという説を唱える者もいる。その研究者は、魔女が見当たらなくなったのは、力自体が力を利用されないように隠れた為だと真剣に語っていたのだが、周囲の反応は変な奴だとか、関わるななどと、変人扱いをしたのだった。なぜ突然魔女が、今回ハビエル王国に現れたのかということで、魔女と言う存在は魔女の力が何らかの理で、人に宿るために生まれてくるのだろうかと推察されていくことになる。
 今代の魔女アストリット・ベルゲングリューンの前の魔女が誰で、どんな者だったかははっきりとはわかっていない。しかしアストリットは貴族の令嬢で、どちらかと言うと貴族のひととなりを考えればアストリットの行動は測れるだろうと思われる。ただ、それはアストリットの家族と、そしてアストリットの親友と呼べる仲の良い友人を優先するという行動理念には、及んでいない。ハビエル王国国王にもアストリットが優先する行動理念について理解が及んでいない。そして、その優先される行動に国王はじめ皆、振り回されてしまうのだった。

 「では、わたくしは今からお出かけして参ります」
 アストリットがそう言って立ち上がろうとする。
 「い、いや、待たれよ」
 国王が大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
 「どこへ行くというのだ?」
 「お隣の国へです」
 アストリットの返答に手を前に突き出した姿勢で固まる。
 「・・・隣り?」
 「はい、ドルイユ王国です」
 笑顔で答えるアストリットに国王が顔をひくつかせる。
 「な?ド、ドルイユだと?なぜそこに?」
 「我が侯爵家の西側には、ドルイユ王国との国境があります」
 アストリットが淡々と話し始める。
 「あるな。元モンテス男爵の地だ」
 国王が頷く。
 「はい。その男爵様は逃げ出してどこかに行ってしまいましたわね」
 国王が立ち上がったままであることに気が付き、椅子の位置を確かめてから、腰を下ろす。
 「・・・どこに行ったか、把握できてはおらんが」
 不機嫌そうに国王が顔を顰めた。
 「聞いた話では、北の果てに行ったそうですよ。狩人をしてるとか、樵だとか、色々言われているようです」
 「国内に居ないのなら、捕えることもできんな。隠れているのなら、捕えて貴族典礼法に則り処罰できるのだがな。まあ、王国に戻ることもあるまいが」
 「・・・どうでも良いというようなお話ですわね」
 アストリットがニコリと笑いながら国王に不躾な視線を向ける。
 「国内に居るなら、即捕えるがな」
 「・・・国外だから手を出せないと、仰るのですね」
 探るように国王を見ながらアストリットが言う。
 「国内、国外、どちらでも探すのが面倒なだけだ。・・・まあ、一応国内を探させはしているが」
 じろりとアストリットを見返す。
 「・・・そうでしたか」
 「もうよい。不快になるだけだ、男爵の話はやめてくれ・・・。
 話が逸れたな。そうだ、何をするとか、言われているのであったかな?」
 国王の言葉に、アストリットは表情をあらためた。
 「ドルイユ王国へ行って参りますと、申し上げました」
 「・・・なぜ行く?」
 「国境を変更してもらいたくて」
 国王はアストリットの言う言葉を理解できず、頭を振った。
 「・・・国境を変更?・・・理解できぬのだが」
 「最近、国境近辺に盗賊が住みついたようでして、わたくしの家族から相談を受けましたのです」
 「・・・それで?」
 国王は不信感からか、眉を寄せたままでいる。
 「侯爵領に入ってくるかもしれないとのことで、対策を相談されておりましたので、行って参ります」
 「・・・王都から離れてほしくないのだが」
 アストリットが無表情になる。
 「・・・行って参ります」
 「・・・対策の書を送ればよいのではないか?」
 「・・・行きます」
 声が平坦になる。
 「何があるかわからん」
 「・・・行きます」
 「いや、ダメだ」
 「・・・邪魔するおつもりですか?」
 「そうではない。禁止している」
 「・・・」
 国王も機嫌を損ねない程度の線を狙って、魔女の行動を国の案件のみと制限しようと考えていた。
 ・・・この魔女がドルイユ王国へ行ってしまうのかと、少々焦ったぞ。そうなれば、この国の優位が消えてしまう。占領軍の派遣の準備ができるまでは、まだかかりそうだからな。相手の兵の相手はこの魔女に任せればうまくやるだろう。統治ができる者を誰にするかはまだつめてはおらんが、バンデラス伯爵に決めさせれば良い。
 目の前の国王がそのような考えでいることを知ってか知らずか、アストリットは家族を優先すると言う思考回路をしており、今の国王の言っていることをまったく聞き入れてはいなかった。黙ったのは、この目の前の王と呼ばれている存在を今ここで黙らせるにはどうすればよいかと考えたからだった。
 ・・・この国を潰そうか・・・。いや、まだ早いですか・・・。
 「魔女殿、わかっていただけたかな。そなたはこのハビエル王国所属の魔女で、どこに行くのもこのハビエル王国の認可を要する。そのためにベルゲングリューン家の爵位と領地を与えた。それを忘れないでくれるか」
 あの不出来な顔だけの自分の王弟を婚約者につけたことを伝えるのは、アストリットの不機嫌さをさらに煽るかもしれないと、口には出さないでおく。
 ・・・あの顔だけで何も考えていない弟め。血筋血筋とぎゃあぎゃあ喚くが、お前の半分はただの召使もどきの平民から受けた血だ。そんなことなら、元々ベルナール帝国の侯爵ベルゲングリューン家とシュライヒ家の血筋から生まれた魔女殿の方がよっぽど血筋が良いわ。
 国王が弟について考えていることについては、今のアストリットにはどうでもよかった。うざ絡みをしてくるあの王弟を日夜どうしてやろうかと考えることもあったが、今はそんなことは後回しで良いと思っていた。
 アストリットは敬意を払って一応国王に意向を伝えに来たのだが、それが間違っていたことに、少々怒りを覚えていた。
 ・・・誰にも伝えることなくそのまま出かければよかったのだ。盗賊たちにあったとき誰にも言わずに行ったのだから、今回もそうすればよかったのだ。せっかく仕込みをうまくしたというのに、この国王が訳の分からない論理を振りかざしてくる。あの盗賊の頭、相当脅しておいたから、今頃は誰も通りかかることの無い国境で、泣きそうになりながら手下と一緒にうろうろしていることだろう。
 思いついて、ちらとそちらに意識を向けてみる。
 『・・・頭あ・・・』
 『な、情けねえ声を出すなあ』
 『か、頭だって声が震えてますぜ』
 『・・・いいか、逆らうなよ、魔女を怒らせるなよ。機嫌を損ねたら悪魔の餌として捧げられるぞ』
 一塊になって、周りをきょろきょろする一団をアストリットは意識していた。
 ・・・待っていなさいと指示だけ出しておこうかしらね。
 咳払いがし、アストリットの意識は引き戻される。
 「魔女殿、お分かりいただけたのなら、さがってくれぬか。まだ、執務が溜まっておるのだ」
 国王がちらりと執務机の上に積まれた書に目をやる。
 「・・・わかりました」
 アストリットは椅子から立ち上がると、優雅に一礼し踵を返す。国王の執務部屋の扉まで歩く途中に羽搏きが聞こえ、部屋の梁に止まっていたフクロウのアデリナが舞い降りてきた。
 腕を差し出すと、ふわりと腕に止まり、その腕を伝い歩き肩までたどり着き、アストリットの髪に顔を擦り付ける。
 「・・・いい子ね、アデリナ。さあ行きましょう」
 扉の両脇に立つ二人の兵がアストリットを認めて最敬礼をし、一人が扉を開く。王城の侍従の一人が立っており、アストリットを認めて一礼をする。
 「お帰りでしょうか」
 アストリットが頷くと、身体を引いてアストリットを通す。
 「それでは先導させていただきます」
 侍従がアストリットの前を歩き始めた。
 ・・・あのちょっと抜けた盗賊に伝えておかないといけないかしらね。
 アストリットは、あの盗賊たちが怖がる様を思い出して、知らず知らずのうちに口角が上がっていることに気が付かずにいた。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

桃太郎のエロ旅道中記

角野総和
大衆娯楽
IF・桃太郎 よく熟れた桃の実が、川の上流からどんぶらこ。 拾った婆様、包丁でパッカ~ン。 桃から生まれた桃太郎。すくすく育って16歳。 『あんた、そろそろ育ててもらった恩返ししてよね』という婆様リクエストで鬼退治という名の旅に出ます。 原作と違いこの世界の桃太郎はピッチピチの女の子。無知で無防備なムチムチ・プリンプリンの美少女が、途中で出会った犬・猿・雉(人間・男)と共に旅しながら、道々エッチを繰り広げるお話しです。 美少女でお人よし、でもちょっとおバカな桃太郎のチン道中記。 旅の行方は? 婆様のリクエスト通り、ひと山あてて恩返しできるのか? 犬・猿・雉との将来は? * この話は『ノクターンノベルズ』で連載していましたが、台風被害により一時中断していました。加筆、修正して、こちらで連載始めました。

悪役令嬢のススメ

みおな
恋愛
 乙女ゲームのラノベ版には、必要不可欠な存在、悪役令嬢。  もし、貴女が悪役令嬢の役割を与えられた時、悪役令嬢を全うしますか?  それとも、それに抗いますか?

嫌われ者の僕

みるきぃ
BL
学園イチの嫌われ者で、イジメにあっている佐藤あおい。気が弱くてネガティブな性格な上、容姿は瓶底眼鏡で地味。しかし本当の素顔は、幼なじみで人気者の新條ゆうが知っていて誰にも見せつけないようにしていた。学園生活で、あおいの健気な優しさに皆、惹かれていき…⁈ 学園イチの嫌われ者が総愛される話。 嫌われからの愛されです。ヤンデレ注意。 ※他サイトで書いていたものを修正してこちらで書いてます。

【完結】精霊の愛し子は勇者気取りが率いる勇者軍でこっそり暗躍する

恋愛
勇者ヴァランタン率いる勇者軍に援軍として加わっている、既に役目を終えたはずの精霊の愛し子、アユミ。 しかし、終えたはずの役目がまた増えていた事を知り、諸悪の根源を葬り去る事に決めた。 *~~~*~~~*~~~* 勇者気取り *リュンソレイユ王国のヴァランタン王太子殿下 聖女もどき*リュンソレイユ王国の伯爵令嬢、カトリーヌ ~~*~~~*~~~* 神様に地球から拉致られた精霊の愛し子アユミ*黒髪黒目の美少女 エルフ冒険者ベラ*金髪に緑の瞳の美人さん 獣人の冒険者モル*白い髪をポニーテールにした薄い水色の瞳の白い牛の獣人 鳥獣人の冒険者アラン*優雅な真っ白い翼を持つ優しい青年。しかし鳥類最強の凶暴な種族の鳥獣人

【R18完結】愛された執事

石塚環
BL
伝統に縛られていた青年執事が、初めて愛され自分の道を歩き出す短編小説。 西川朔哉(にしかわさくや)は、執事の家に生まれた。西川家には、当主に抱かれるという伝統があった。しかし儀式当日に、朔哉は当主の緒方暁宏(おがたあきひろ)に拒まれる。 この館で、普通の執事として一生を過ごす。 そう思っていたある日。館に暁宏の友人である佐伯秀一郎(さえきしゅういちろう)が訪れた。秀一郎は朔哉に、夜中に部屋に来るよう伝える。 秀一郎は知っていた。 西川家のもうひとつの仕事……夜、館に宿泊する男たちに躯でもてなしていることを。朔哉は亡き父、雪弥の言葉を守り、秀一郎に抱かれることを決意する。 「わたくしの躯には、主の癖が刻み込まれておりません。通じ合うことを教えるように抱いても、ひと夜の相手だと乱暴に抱いても、どちらでも良いのです。わたくしは、男がどれだけ優しいかも荒々しいかも知りません。思うままに、わたくしの躯を扱いください」 『愛されることを恐れないで』がテーマの小説です。 ※作品説明のセリフは、掲載のセリフを省略、若干変更しています。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

大魔法師様は運命の恋人を溺愛中。

みるくくらうん
BL
R18溺愛BL作品★  田舎の孤児院から、伯母の元で奴隷として過ごし、ひょんなことから地方特待生として王都の学校に進学することになったフィン・ステラ。  劣悪とも言える環境から王都に来たフィンは、住む家を探すよりも先に、憧れだったミスティルティン魔法図書館で教科書を手に入れようと行動を取る。  そこで出会ったハイエルフと何故か恋人になる展開になったが、実はそのハイエルフはミスティルティン魔法図書館を統括する大貴族の長にして王族特務・大魔法師であるリヒト・シュヴァリエだった。  リヒトの寵愛をひたすら受け愛を育む、溺愛系BL。 ------------------- 性描写★付けてます。 殴り書き小説ですが、楽しんでいただければと思います。 2021/07/25 シリーズ二作目配信開始しました☆

魔法の盟約~深愛なるつがいに愛されて~

南方まいこ
BL
西の大陸は魔法使いだけが住むことを許された魔法大陸であり、王国ベルヴィルを中心とした五属性によって成り立っていた。 風魔法の使い手であるイリラノス家では、男でも子が宿せる受巣(じゅそう)持ちが稀に生まれることがあり、その場合、王家との長きに渡る盟約で国王陛下の側妻として王宮入りが義務付けられていた。 ただ、子が生める体とはいえ、滅多に受胎すことはなく、歴代の祖先の中でも片手で数える程度しか記録が無かった。 しかも、受巣持ちは体内に魔力が封印されており、子を生まない限り魔法を唱えても発動せず、当人にしてみれば厄介な物だった。 数百年ぶりに生まれた受巣持ちのリュシアは、陛下への贈り物として大切に育てられ、ようやく側妻として宮入りをする時がやって来たが、宮入前に王妃の専属侍女に『懐妊』、つまり妊娠することだけは避けて欲しいと念を押されてしまう。 元々、滅多なことがない限り妊娠は難しいと聞かされているだけに、リュシアも大丈夫だと安心していた。けれど――。

処理中です...