貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第十五話 小国の王の中にも野心家はいるようで⑤

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 「父上、少し良いでしょうか?」

 私の言葉に、執事頭と話していた義父が顔を振り向けて来た。
 だが口から出た言葉は予想とは違うものだった。

 「・・・何か、欲しい物でもあるのかね?」

 なぜか義父の顔が笑み崩れている。

 「・・・。違います」

 この方は。何を言っているのだ・・・。どうしてそっち方向に話を持っていきたがるのか・・・。

 「あらあらまあまあ、それは残念だこと」

 「ああ、そうだな、誠に残念だ」

 なぜ、この人たちは私に物を買い与えることに喜びを見出すのだろうか。いや、待て待て・・・あからさまにがっかりした顔を夫婦揃ってしないで欲しい。

 「遠慮しなくて良いのよ・・・?」

 義母が私を期待を込めて見てくる。

 「いえ、今は必要ありません」

 養父母からの貰い物など、手放せないから溜まる一方になる。実のところ、私専属の鍛冶師と螺鈿細工師、彫金師をログネル領内に連れてきて工房を持ってもらっているので、装飾品や武器の類は自ら専属達に依頼すれば送られてくる。場所を取ってしまうため、換金をすることも考えたのだが、義父母からの貰い物なので、さすがにそれはできなかった。さらには収入のある領地が四つもたされているために、自分の財だけでこのルベルティの街の商会を買い取ることも可能だったりするので、生活のために貰い物を換金をする必要もない。あ・・・、ああ、間違えた。今問題となるのは財をどれだけ持っているかではない・・・よな・・・。

 「では、何を聞きたいのだね?」

 私は慎重に言葉を選ぶ。

 「バルスコフ侯国とログネル王国の間には因縁があります」

 「・・・例の男爵未亡人財宝持ち去り事件だね?」

 義父が言うのはバルスコフ侯国を建国する切欠になった財のことだ。

 「・・・まあ、それに関してはログネルでは事実なのですけど」

 「事実でしょうな。あの男爵家は一時零落したことだし」

 それも事実だが、当時の女王陛下は色に溺れて貴族としての義務を忘れた愚か者といい、支援をしなかったため、男爵の遺児は領地の経営に相当苦労し、最終的には爵位を返上するまでになった。男爵の遺児は、爵位返上後軍に入る。軍での簡易的な訓練をうけは属されたのだが、その配属先はなぜか即最前線で、嫌が応なしに戦わざるを得なくなった。通常は新兵として軍での長期の訓練を受け、前線か後方支援に配属されるが、剣術の才を持ち、更には指揮官として非凡だった遺児に関しては、見せしめにされたのか、配属先は最前線だった。ただ遺児は、強運を発揮し、結局最前線でも生き残る。軍内部でもその才を認められ、司令官の傍で作戦の立案をする立場につき、シュタイン帝国との戦いで勝利をログネル王国にもたらすことになる。

 その軍内部での評価を聞きつけたか、女王陛下の晩年にそれまでが嘘のようにようやく勘気は解け、男爵位を再度授かることになった。しかしながら、ログネル王国自体に不信を持っていた男爵の遺児は爵位を受けないと固辞する。何度も爵位を受けるようにと、軍の司令官に説得されつづけた遺児は司令官の情に絆され、叙爵することを了承したのだが、遺児は爵位を受けた後、そのまま他国へと出奔するつもりでいたらしい。爵位を受ければあの女王と顔を合わせなければならないことと、最近辛く悲しい長年の思いを抱え、失意のうちにこの世を去った母である男爵未亡人の埋葬を終えたことで、ログネル王国に未練はなくなったはずなのだが、厚遇してもらった軍司令官に頼まれ、結局は遺児は子爵位を受け、軍での重鎮にもなり、晩年まで軍の作戦立案をし続けることになったのだった。

 そのような経緯もあり、実のところ、ログネル側においてもバルスコフ侯国に対して怨嗟の念はとりわけ軍においては重いのだが、バルスコフ侯国においても、程度の差はあろうが恨みはあるようだ。と言ってもバルスコフは行き過ぎた自意識過剰さが招いた自分勝手な逆恨みとでも言えるだろうか。

 「当時のことは話半分にしたとしてもだね、被害の方はバルスコフ側ではなくログネル側に多く出ていると思うのだが、結局はバルスコフはその非を今でも認めないと言うわけだね」

 「・・・いえ、話半分と言うのは決してありませんから」

 「あらまあ、問題にするのはそこなのね!」

 私の言葉に反応したのは、珍しくほほほと笑う義母だった。いつもはふふふと笑うが、今回ほほほと笑ったのは、相当可笑しかったかららしい。

 「・・・話半分と言う言葉はよろしくなかったわけか。これは申し訳ない」

 「・・・ログネル側は男爵の財と領民が納めた税を丸ごと取られておりますので。バルスコフにはいつか煮え湯を飲ましてやります」

 私が静かに怒りを見せると、義父母がさも可笑しそうに笑った。

 「・・・そう言うことなら、私もバルスコフへの輸送を監視しておこう」

 義父の言葉で話は終わったかと思ったが、執事頭はまだ何か伝えることがあるらしい。

 「旦那様、まだございます」

 「・・・娘に伝えなければならない話なのか?」

 「・・・はい、その通りでございます」

 「聞こう」

 「・・・このバルスコフ侯国への食糧運搬についてですが、アランコ王国の港から陸路でバルスコフへと運ばれております。その仲介をしたのがメルキオルニ侯国らしいのです」

 「・・・ほう・・・」

 義父も予想外だったようだ。辛うじて一言だけ漏らし、そのまま黙り込んだ。かく言う私も予想外で言葉が出ない。

 「・・・あらまあ、奇しくもアーダに振られた国が関わってるのねえ」

 いや、ちょっと違うと思うけど・・・。
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