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第十五話 小国の王の中にも野心家はいるようで③
しおりを挟む国に居たときに講義された大陸の在り方を、私は思い出していた。
大陸の地図は大まかなものは巷には出回っているが、細密に書き込まれたものは出回ることはない。各国が隠したいことなど幾らでもあるからだ。大体にして庶民は地図は見たことなどないだろう。大まかなものは売ってはいるが、それも庶民の数年もの収入になるはずだ。ただ私はその立場から貴重な地図を見ている。
ログネル王国は、東西に長いアルトマイアー大陸の西側すべてを領土としている。大陸の北北西から南南東のほぼ直線に線を引くと、西側つまり北を上にして大陸を見たときに左側がすべてログネルの領土になる。さらに北北西から南南東に引いた線の中央部分から右側つまり東側に線を引いたとき、上に当たる北東側が皇国の領土、そして南東部分は小国群となっている。
改めて考えると、皇国と大層な呼び名を付けて自国を呼んでいるが、皇国はログネル王国に比べて領土自体は広くない。そのためログネル王国に比べ、国民が少ない皇国の兵士の動員数はログネル王国に比べ少ない。兵器の精度に差がほとんどない時代と言うことから単純比較すれば自ずと明白で、皇国はログネル王国に敵わないのだが、皇国は未だにログネルに対し、存外強硬に出てくる。これは皇国はシュタイン帝国の後継国だという認識を持っているからだと、ログネル王国側では見ている。
皇国は、ログネル王国が同盟者と言う立場だとすれば、シュタイン帝国の覇業を受け継ぐのは自分だと考えていることから、当初はログネル王国と事を構えることにしたようだ。それが国境の諍いに繋がったのだが、皇国がどれだけ国境を侵しても、国境周辺地域を切り取ることもできなかった。一時ログネル王国側の国境付近を占領した様だが、戦力を整えたログネル王国に反攻を許し、国境を挟んだ攻防戦で負け、更には退却戦でも負けた皇国は、ログネル王国軍に自国領土深くに侵入されてしまった。そのまま講和になったため、皇国の国境は、諍いを始めたころに比べ大貴族の所領程度の広さで皇国側に移動してしまったことがあった。これは一部の地域のことにすぎないが、国境は長い。このログネル王国に侵入する皇国という図式は他地域でも繰り返され、その都度皇国が領土を失って国境線が新たに引き直された。
それでも諍いに負け続けた皇国は、遅まきながらログネル王国には国力の点から一切上回ることができないとようやく判断できたらしく、皇国内の世論は、ログネルと戦ってログネルを弱体化させると言う主戦派の意見は退けられるようになり、代わりにログネル王国と結び、ログネル王国からの侵略の恐れを消す事を目的とする講和派の主張が皇室内で取り入れられるようになった。だが、シュタイン帝国の後継と言う地位に固執した皇国は、当時のログネル王国への対応を間違えたと記録されている。
ログネル王国へとやってきたその皇国の使者は、尊大な態度で時の国王に接した結果、そのまま追い返され、同盟の締結はならなかった。風聞に聞くと、その使者はそのまま皇宮の職を罷免され、爵位と領地も取り上げられたあと、その地位を家族が継ぐこともできず、そのまま離散し他と言われている。当の使者本人は一人寂しく市井で死亡したらしいが、名も経歴も皇国の記録に、その使者のことは一切残されていない。
それからというもの、皇国とログネル王国は国境での小競り合いを繰り返すが、ログネルの王が代替わりするたびに、同盟を求めて使者がやってくる。ただ反対にログネル王国からの使者が皇国を訪れることはなかった。
実のところ、現ログネル王国女王陛下が即位したときにも使者がやってきたが、その時は珍しく建設的な申し出があった。それが皇国の皇帝と女王陛下の会談だった。女王陛下は乗り気ではなかったが、結局のところ皇国と話すのは利があると考えたようで、現ルンダール王国の街バシュにシュタイン帝国の崩壊時にも破壊されずに残った離宮で会談することになった。その時、女王陛下とともにログネル王国の王女も離宮を訪れているのだが、当人には全くその記憶はない。ただ丹精された庭園を日が暮れるまで巡った微かな記憶があるだけだった。
皇国についての講義された内容を思い出していた私だったが、今問題とされているのは皇国の事情ではなく、ログネルと皇国の国境に隣接する小国群のことだ。ズレた内容について考えていた私は一人顔を赤らめた。
「・・・周辺国と言うと、メルキオルニ侯国と、バルスコフ侯国、エルベン王国、このアリオスト王国、そしてルンダール王国と言うところか・・・」
「旦那様、都市国家群もありますが」
「・・・そうだったな・・・だが足並みそろえると言うことを知らない街だからな、気にするほどでもないだろう」
義父のその言葉に、複雑な表情になる執事頭。
「・・・」
「何かあるのか?」
執事頭の表情に、眉をしかめて義父が尋ねる。
「旦那様、確認途中なので申し上げてよいモノかどうか迷ったのですが、」
執事頭はなぜか奥歯にものの挟まったように話し始めた。
「アランコ王国からの急な食料品の輸送がされております。それに都市国家の一つカウニッツが噛んでいるようです」
「・・・どこに送っている?」
「食料品はバルスコフ侯国へと運ばれているようです」
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