貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第十四話 養母と二人だけの時間

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 「・・・さてと、この間のことだけど」

 フルトグレーン前侯爵夫人は私を感情の籠らない目で見つめながら口を開く。

 何だろう・・・、尋問されるような気がする・・・。

 「な、なにか?」

 思わず呂律が回らなくなってしまった。

 「あなたは、あの第二王子で良かったの?案外あんなのよりいいものが近くに埋もれてるかもよ」

 ・・・何か母上には気にくわないところがありそうだ。それに近くにいいものと言ったが、心当たりでもあるのだろうか。

 「・・・仕方ないのではありませんか?そもそも私に選択肢などほぼないので」

 「・・・私は気にくわないのよねえ、私の娘が物のように扱われるのがね。
 そりゃあ、娘はものすごい美人さんだし、まあ、今でも相当なものだけれど、これからあと五年もすれば更に目も眩むほど美しくなって、至宝と言われるぐらいになるわよ。誰も手に入れられない高根の花ね。だからあんなちっぽけな国の出の第二王子なんかが婿だなんて、勿体なさすぎるわ。それにフェリクスなんて呼ばなくてよいわよ」

 あ、そう言えば、私たちは揃ってお茶を飲み、第二王子殿下は私に名前で呼んで良いといい、呼んでみてくれないかと案外熱を込めて懇願され、私はやむなく名で呼ぶことになったのだった。

 『フェリクス殿下』

 『・・・名で呼んでもらえるとは・・・。あなたに呼んでもらえると、嬉しくなるものなのだね』

 私が婚約について承知したためか、上機嫌になったフェリクス殿下は、私が名で呼ぶことに殊の外執着して何度も名で呼んで欲しいと言ってくる。その場で何度もお願いされ、何度も言わされた私も相当嫌気がさしていたが、義母はさらに眉間にしわを寄せ、相当無表情になっていた。更には、言い慣れていた『第二王子殿下』と口に出そうものなら、早口で『フェリクスです』と訂正されるほどだった。

 「・・・あんなのより、私が見つけてくるから、そっちと婚約し直しましょう?」

 「・・・そのようなことでしたら、母上が見つけてくる方も、政略になりますが?」

 「大丈夫よ、私はそんな政略なんて臭いはさせないから」

 「・・・臭いはさせないけど、政略なのではないのですか?」

 「・・・」

 「・・・」


 「政略だわね」

 しばらく無言でお互いにじっと見つあった後、結局ついっと視線を逸らされ、そう呟かれる。

 「・・・先ほどから心当たりがあるように話されていますけど、母上にはフェリクス殿下以外の男性にお知り合いの方がいるとか?」

 「・・・本国には腐るほどいるわねえ」

 「・・・そ、その方々を、私に?」

 「・・・紹介しても良いの?」

 「・・・どうでしょう・・・」

 「・・・」

 「・・・ログネルに居る母様が、母上に紹介された方と会ったとしたら、怒ると思いますが」

 やっとの思いでそう伝えると、暫し義母は私を見つめながら考えていた。

 「・・・母上?」

 「うーん、あなたの言っていることはわかったんだけど、まあ、大丈夫でしょうね」

 「・・・?それは怒らないと言うことですか?だから大丈夫と?」

 「いえ、相当怒るでしょうねえ。でも母はね、結局は許してしまうものよ。・・・ただねえ、あの人はねえ、自分以外の人のことをなかなか認めないのよ。あなたを留学中だけフルトグレーン家の養子にしたことで、今だってやいのやいの言ってきてるらしいから。・・・我儘な人よね。学問のために了承して送り出したはずの娘に変な枷を付けてさ、行動を縛ろうとしたくせにね」

 「・・・そう、ですか・・・」

 母は相当我儘だと周辺国から思われているらしい。

 母の我儘と直接の関係がるのかどうかわからないが、私のことも留学中だけは関わらないでいて欲しかった。どうしても留学したかった私は、母と話し合いをした時に留学を許してもらうために色々と制約を付けられたが、その中でもまあカイサを始めとする専属侍女を一緒に就けてくれたのはありがたかった。
 だが、裏を返せば、それだけ母に縛られていると言えるかもしれない。事実カイサは私の専属侍女などをやっているが、国に認められた立派な貴族の一員で、事あるごとに国に報告を上げなければならない立場だ。

 カイサからの報告だけで、あの母が満足するわけがない。私の周囲には国から派遣された多種多様の人物が目立ぬよう就いていることだろう。・・・そして私はそれに気がついて居ても、気が付いていないようにしていなければならないのだ。

 母から干渉されない自由が欲しい。私を気に入らないのになぜ関わってこようとするのか。留学中だけでいいから、ほっておいて欲しい・・・。それが今の私の切実な願いの一つだ。

 「・・・もう構わないで欲しい・・・」

 消えりそうな声で私は呟いたようだ。突然肩を抱かれた。手を握られる。

 私はいつの間にか俯いていたらしい。顔を上げると、義母が隣で片手で肩を抱きながら、もう片手で私の手を握っていた。

 「・・・留学中だけかもしれないけどね、これからフルトグレーン家はあなたを守る壁となるから。嫌だなと思うときは私に相談しなさい。・・・仮病でも何でもお休みすればいいわ」

 その言葉に義母と同じように、ふふっと笑う。

 「・・・頑張りすぎない事よ・・・」
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